ミャンマーの政情不安に伴い、同国で製造される麻薬が周辺国へ大量に流入している。タイでは供給増による価格低下で若年層の乱用が深刻化しており、当局は取り締まりを強化するものの、ミャンマー側の製造拠点への統治が及ばず、対策は困難を極めている。
タイ国境で激化する麻薬密輸の攻防
タイ北部チェンライ県のメーファールワン郡は、ミャンマーと国境を接する麻薬密輸の最前線だ。タイ軍は山岳地帯を昼夜問わずパトロールし、薬物を運ぶ「運び屋」の摘発にあたっている。9月15日、現地を視察したタイ軍部隊の責任者は、国境の鉄線の向こう側にある村を指し「あの村は『麻薬保管村』だ」と指摘した。かつては10戸程度だった民家は現在100戸にまで増加し、製造された麻薬をタイ側へ運び込む物流拠点と化している。9月28日には、夜間に15人以上の運び屋と遭遇し、銃撃戦の末に約270キロの覚醒剤を押収した。軍の責任者は「運び屋は武装しており、銃撃戦は珍しくない」と現場の緊迫した状況を明かした。
クーデター後の統治空白とケシ栽培の拡大
ミャンマー北東部のシャン州は、ラオスを含む3か国の国境が交わる「ゴールデン・トライアングル」に位置し、長年、少数民族武装勢力と国軍の支配が入り乱れてきた。2021年のクーデター以降、紛争の激化により政府の統治能力は著しく低下している。この混乱に乗じ、かつて代替作物への転換が進んでいたケシ栽培が再び拡大した。国連薬物犯罪事務所(UNODC)によると、昨年のミャンマーにおけるケシ栽培は過去10年で最大規模に達した。経済的な困窮が農家を再び栽培へと駆り立てている。
ヤーバーの価格急落と若年層への浸透
ミャンマーで製造される覚醒剤「ヤーバー」は、タイを経由して世界中に拡散している。読売新聞の報道によると、タイ国内での昨年の押収量は過去最大の10億錠に上った。供給の過剰により、タイ国内での末端価格は下落を続けている。チェンライ県保健局によれば、かつて1錠50~100バーツ(約230~470円)だった取引価格は、地域によっては20~30バーツ(約90~140円)まで下がっている。非政府組織(NGO)で薬物常習者の支援を行うソピダ・スワンナソピットさんは「10代や若者の使用が顕著だ。国境地帯では子供たちが日常的に薬物に触れている」と、低年齢化への危機感を強く語る。
常習者が語る薬物汚染の実態
メーファールワン郡に住むアムナート・セーラオさん(41)は、2年前までヤーバーの常用者だった。20代の頃から、長時間労働を可能にする手段として薬物に手を出したという。「価格が安くなり、品質が悪化した結果、摂取量が増えて1日50錠も服用していた」と振り返る。当時は1錠5バーツ(約23円)で購入できることもあり、日雇い労働で得た収入の大半を薬物に費やしていた。常用により痩せ細り、肌が黒ずむなど健康被害が深刻化。子供たちの将来を案じて断薬に至ったが、安価な薬物が労働現場や家庭に深く浸透している現状は、地域社会を蝕み続けている。
国際犯罪組織が絡む複雑な供給網
ミャンマーでの麻薬製造には、一部の少数民族武装勢力や国軍に近い勢力が関与しているとされる。特にシャン州の国境地帯を支配するワ州連合軍(UWSA)は中国との関係が深く、タイ軍幹部は「麻薬密造には中国の犯罪集団も関わっている」と明かした。こうした国際的な犯罪ネットワークが国境のジャングルを越えて薬物を供給しており、タイ単独での取り締まりには限界がある。タイ麻薬取締局のアピキット・チョーロートプラサート氏は「ミャンマー政府に協力を求めているが、統治が及ばない地域が多く、根本的な解決は困難だ」と現状を分析する。
絶えぬ密輸と今後の見通し
ミャンマーの政情不安が続く限り、麻薬供給の源泉を断つことは極めて難しい状況だ。ドローンや赤外線装置による監視体制を敷くタイ軍だが、広大なジャングルを完全に封鎖することは不可能に近い。タイを経由した麻薬は日本など海外へも流出しており、国境を越えた国際的な課題となっている。ミャンマー国内の紛争終結や統治の回復が見通せない中、安価な麻薬が周辺国へ流入し続ける構図は、今後も地域社会の治安と若者の未来を脅かし続けることになる。