東日本に住む中里妙奈さん(49)は数年前、高校3年の長女・凜さん(当時18歳)が事故で脳死状態になった際、助産師を目指していた本人の生前の意思を尊重し、臓器提供を決断した。読売新聞の報道で明らかになった。
高校3年の長女が残した臓器提供の意思表示カード
数年前の秋、近所の薬局へ買い物に出かける凜さんから「何か買う物ある?」と尋ねられたのが最後の会話となった。その2時間後、病院から「娘さんが事故に遭った」と携帯電話に連絡が入った。現場には前かごがひしゃげた自転車が残されていた。病院に駆けつけると、夫の博澄さん(55)が首を横に振っていた。凜さんはスピード違反の車にぶつかり、頭を強く打って脳の出血がひどく、医師からは「もって4、5日」と告げられた。その日の夜、中里さんは凜さんが中学生の頃から臓器提供の意思表示カードを持ち、全ての臓器を提供するとしていたことを思い出した。凜さんは高校入学後に日本臓器移植ネットワークへ意思登録も行っていた。
助産師を目指した凜さんの夢と家族全員の同意
幼い頃から命を救う仕事に憧れていた凜さんは、助産師を目指して5年制の専門高校に進学した。テストで学年1位を取るほど勉強熱心で、共働きの両親に代わり2人の弟の面倒も見ていた。事故の翌日、脳死に近い状態となっていることから医師に臓器提供の選択肢を示された。中里さんは凜さんの意思を尊重したいと考えた。博澄さんは当初うつむいて悩んでいたが、「凜が希望するなら」と最終的には両親と弟2人の家族全員が同意した。2回行われる脳死判定の最終日が凜さんの命日となった。心臓など5つの臓器が提供され、移植された患者は元気に過ごせているという。
SNS発信をきっかけに始まった5都府県での講演活動
臓器提供の約1か月後、中里さんは凜さんが亡くなったことを友人たちに伝えるためSNSで発信した。翌年、その投稿を見た移植支援に取り組むNPO法人から大学での講演依頼が届いた。「当事者だからこそ意思表示の重要性を伝えられる」と考え、自身の経験を語ることを決意した。高校や大学での講演は5都府県で10回以上にのぼる。「意思表示をした」「家族と話し合うようになった」といった声が寄せられている。中里さんは「いつ何が起こるか分からない。臓器提供をする、しないはどちらも尊重されるべきだ。自分がどう考えているかを日頃から家族と話し合ってほしい」と訴えている。
日本国内の低い意思表示率と残された家族の負担
内閣府が2025年に実施した成人の男女3000人を対象とした世論調査では、1515人から有効回答を得た。臓器提供について意思を表示している人は19・9%だった。本人が生前に書面で意思を示していた場合、その意思を「尊重する」と回答した人は92・1%にのぼった。一方、意思表示がなかった場合、臓器提供の決断を「負担に感じる」とした人は85%だった。日本臓器移植ネットワーク理事で同志社大学の瓜生原葉子教授は、家庭内で話し合ったことがある人は4人に1人と多くないと指摘し、中学校や高校で移植医療を考える授業を行うことが家庭内で対話が生まれる最も有用なきっかけになると述べている。国や自治体は今月の臓器移植普及推進月間にあわせ、移植医療に関する啓発活動を続けている。