トルコ文化観光省は2026年10月、同国中部のカヤリプナル遺跡でヒッタイト王国の王室文書131点を新たに発見したと発表しました。紀元前14世紀頃の粘土板には、当時の流行病や軍事情勢、王室の日常が詳細に記録されており、21世紀におけるヒッタイト語資料として最も包括的なアーカイブとなります。
カヤリプナル遺跡で発見された131枚の粘土板
トルコ中部の都市スィヴァス近郊にあるカヤリプナル遺跡で、2026年の発掘調査により楔形文字が刻まれた131枚の粘土板および断片が発見されました。GIGAZINEの報道によると、これらの資料は紀元前1375年から1355年頃に在位したトゥドハリヤ2世の時代に作成されたものです。2025年に発見された53点と合わせると、この遺跡から出土した文書は計184点に達しました。トルコのメフメト・ヌリ・エルソイ文化観光大臣は、これらの文書がヒッタイト王国の国家統治や信仰、軍事発展を現代に伝える貴重な記録であると述べています。
3400年前の熱病と王室の記録
発掘された粘土板には、当時の社会を揺るがした熱病の流行に関する記述が含まれています。文書によると、都市間で広がったこの感染症は特に乳幼児に大きな被害をもたらしました。記録には、母親の乳を飲んでいた幼い王女が病に倒れ、急速に容体が悪化して亡くなった経緯や、その際に行われた葬送儀礼の詳細まで記されています。ヒッタイト社会では病気は神の意志の表れとみなされており、宗教指導者が王族や高官の子どもたちの健康状態を成人期まで綿密に監視・記録していた実態が明らかになりました。
Sivas Kayalıpınar’da, Hititlerin devlet hafızasına uzanan çok önemli bir keşfe imza attık. 2026 yılı kazılarında antik Šamuḫa’da, Kral II. Tudhaliya dönemine ait 131 çivi yazılı tablet ve parçasını gün yüzüne çıkardık. Geçtiğimiz sezon bulunanlarla birlikte sayı 184’e ulaştı.… pic.twitter.com/YfkPtz8QOe
— https://x.com/MehmetNuriErsoy/status/2108090117848019196
軍事の最前線で交わされた緊迫の書簡
文書群には、王国西部の防衛を担う将軍から王へ送られた書簡も含まれています。この軍事文書は、敵の脅威に対抗するために兵士、馬、戦車(チャリオット)の増援を求める緊急の内容でした。将軍たちは「支援がなければ軍が壊滅する可能性がある」と警告し、援軍が届かない場合の責任を負わないとまで記しています。このやり取りは、国王がサムハに滞在していた事実を裏付けており、当時サムハが政治的・軍事的に極めて重要な拠点であったことを示唆しています。
鳥占い師が記した予言の旅路
ヒッタイトの人々が日常的に行っていた占いの実態も、粘土板を通じて浮かび上がりました。特に注目されるのは、鳥占い師による記録です。占い師はサムハを出発して各地を巡礼し、移動経路や滞在した都市、その地で観察した鳥の種類を日記形式で書き残していました。これらはヒッタイト独自の宗教儀礼や、鳥の動きを吉凶の判断材料とする文化を解明する重要な手がかりとなります。
- 発見場所:トルコ・スィヴァス近郊 カヤリプナル遺跡(古代都市サムハ)
- 出土資料:ヒッタイト語およびフリル語で書かれた計184点の粘土板(2025年・2026年合計)
- 記録内容:王室の日常、乳幼児の病と葬儀、軍事要請、鳥占いによる予言
今回の発見により、ヒッタイト語の発展や当時の書記文化、そして王室の生活様式に関する研究が大きく前進することが期待されています。3400年前の国家の記憶をどのように解釈し、歴史的文脈の中で位置づけていくのか。専門家によるさらなる分析が進められる中で、未解明の文書が当時の社会構造についてどのような新たな事実を提示するのかが今後の焦点です。