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エヴァ・マリー・セイントさんが死去、102歳に『波止場』などで知られる名優

映画『波止場』や『北北西に進路を取れ』などで知られ、ハリウッドの黄金期を彩った俳優のエヴァ・マリー・セイントさんが、現地時間の2026年10月6日に米ロサンゼルスの自宅で死去した。Deadlineほか各メディアや代理人によると102歳だった。…

エヴァ・マリー・セイントさんが死去、102歳に『波止場』などで知られる名優

映画『波止場』や『北北西に進路を取れ』などで知られ、ハリウッドの黄金期を彩った俳優のエヴァ・マリー・セイントさんが、現地時間の2026年10月6日に米ロサンゼルスの自宅で死去した。Deadlineほか各メディアや代理人によると102歳だった。

映画史に名を刻んだ栄光の受賞劇

1924年7月4日、ニュージャージー州ニューアークで生まれたエヴァ・マリー・セイントさんは、オハイオ州のボーリング・グリーン州立大学で演技を学び、俳優として活動するため1946年にニューヨークへ移住した。

テレビや舞台での活躍を経て、エリア・カザン監督の1954年の映画『波止場』で映画デビューを飾る。マーロン・ブランド主演の同作で、主人公の恋人役を好演し、アカデミー賞助演女優賞に輝いた。

エヴァ・マリー・セイントさんが死去、102歳に『波止場』などで知られる名優
写真:lbc.co.uk

授賞式の夜、セイントさんは大きなお腹を抱えて登壇し、「ここで赤ちゃんが生まれてしまうかもしれません!」とユーモア交じりに語って会場を沸かした。そのわずか2日後、長男のダレル・ヘイデンさんが誕生している。

その後も、アルフレッド・ヒッチコック監督の1959年の映画『北北西に進路を取れ』で、ケイリー・グラント演じる主人公の前に現れる謎めいたヒロインのイヴ・ケンドール役を演じ、脚光を浴びた。その後もポール・ニューマン主演の『栄光への脱出』(1960)、三船敏郎も出演した『グラン・プリ』(1966)、グレゴリー・ペック主演『レッド・ムーン』(1968)などに出演したと、Yahoo!ニュースなどが報じている。

ハリウッドのレジェンド、エヴァ・マリー・セイントさんが102歳で死去|7NEWS

家族を貫いた異例の出演制限

多忙を極めるハリウッドにあって、セイントさんは自身の家族と過ごす時間を何よりも重んじた。1951年に映画監督兼プロデューサーのジェフリー・ハイデンさんと結婚し、夫が2016年に亡くなるまで65年間連れ添い、2人の子供をもうけた。出演オファーが相次ぐ中、自らに課した「映画は年に1本まで」という制限を頑なに守り通した。

テレビ界での多彩な実績と最期

初期のテレビドラマから頭角を現したセイントさんは、1970年代以降はテレビでの活躍が中心となり、キャリアを通じてテレビの舞台にも深く関わり続けた。Yahoo!ニュースが報じたように、1990年にはテレビ映画『ピープル・ライク・アス』でエミー賞の助演女優賞(リミテッドシリーズ・テレビ映画部門)を受賞するなど、テレビ界でも高い評価を得た。80代を過ぎてからも、映画『スーパーマン リターンズ』(2006)ではマーサ・ケントを演じ、『ニューヨーク 冬物語』(2014)などに出演し、精力的にキャリアを重ねた。

代理人によると、ロサンゼルスの自宅で家族や愛する人々に囲まれながら息を引き取ったという。遺族には2人の子供、4人の孫、そして2人のひ孫が残されている。エヴァ・マリー・セイントはCBSの「サンデー・モーニング」のインタビューで、「昔、もっと映画に出るよう勧めてくるエージェントがいました。私は『無理よ。出られたとしても年に1本だけ。子供が、まだ小さい子供がいるの』と言いました。すると彼は『じゃあ、スーパースターにはなれないな』と言ったのです。私は『そうね、なれないでしょうね』と答えました」と語っている。

執筆者について: nipponese

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