パリの街は、伝説的なディーバの帰還に沸いています。公演を数時間後に控えた土曜日、Celine Dionは凱旋門からほど近い高級ホテルRoyal Monceauの外に現れ、集まったファンにキスを送り、手でハートマークを作って応えました。群衆からは「Celine! Celine!」という歓声が上がりました。
スティフパーソン症候群との闘いと舞台への復帰
今回の復帰は、単なるコンサート以上の意味を持っています。Dionは2022年12月、希少で不治の自己免疫疾患であるスティフパーソン症候群(Stiff Person Syndrome)であると公表しました。この神経疾患は、激しい筋肉のこわばりや苦痛を伴う痙攣を引き起こすもので、Dionは、まるで首を絞められているように感じ、肋骨が折れるほどの激しい痙攣に襲われたと述べています。また、歩くことができない時期があったことや、2024年のドキュメンタリー『I Am: Céline Dion』の中で、発作を起こしたことなど、病状の深刻さについて語っています。
この疾患により、彼女はコンサートの中止を余儀なくされ、再びステージに立てるかどうか不透明な数年間を過ごしました。しかし、Dionは復帰への意欲を持ち続け、2024年にはNBCに対し、「準備ができたので、ステージに上がります」と語りました。
パリでの公演詳細と熱狂
土曜日午後8時頃に開始予定のオープニングショーは、6年ぶりとなる初のフルコンサートであり、Dionのカムバックにおける大きな節目となります。会場となるのはパリ西端に位置するヨーロッパ最大級の屋内コンサート会場、プレニチュード・アリーナ(Plenitude Arena)です。この夜の公演は完売しており、約30,000人のファンが詰めかける見込みです。
今回のレジデンス公演は全26公演で構成されており、9月と10月に16回の完売公演を行い、翌年5月にさらに10公演が行われます。チケットのプレセール抽選には、4月時点で約900万人が登録し、すぐに完売しました。ロンドンから訪れたChloe Rydquistさんと妻のKatyさんは、チケットに約1,500ポンド(2,000ドル)を支払いました。Katyさんは、「彼女が戻ってくるかどうかわからなかったので、行けるなら行くべきだと思った」と話し、「彼女にとっても、すべての人にとっても、非常に感情的なものになるだろう」と語りました。
セットリストの内容は秘密にされていますが、通常、フランスでの公演ではフランス語のヒット曲が中心となります。彼女の1995年のアルバム『D’eux』は、史上最も売れたフランス語アルバムとなりました。しかし、今回は北米など世界中からファンが集まっているため、英語のヒット曲も盛り込まれる予定です。Dionはホテルの外でファンに対し、今回のコンサートは通常よりも長くなるため、「歩きやすい靴を履くように」と助言しました。
街全体での祝祭と経済効果
パリ市はDionを歓迎するために最大限の努力を払いました。タヒチなどの遠方からもファンが訪れ、市内ではコスチュームコンテストやセーヌ川でのトリビュートクルーズ、巨大カラオケパーティーが開催されました。金曜日には、パリ市役所の主催により、市北東部で1万人規模の無料屋外カラオケイベントが行われ、『My Heart Will Go On』などのヒット曲が合唱されました。エマニュエル・グレゴワール(Emmanuel Grégoire)パリ市長は、このイベントについて、Dionを「民衆のアーティスト」であり、フランスにおける偉大な統合者として称え、「音楽には人々を結びつけ、社会を構築する特有の力がある」と述べました。

また、金曜日にはチュイルリー庭園に象徴的な大釜(カウルドロン)が現れました。これは、2024年パリオリンピックの開会式で、Dionがエッフェル塔にサプライズ登場し、エディット・ピアフの「愛の賛歌(Hymn to Love)」を歌ったことを再現したものです。バルーンには、曲の歌詞である「あなたが望むなら、月までも取りに行きましょう」という言葉と、彼女の名前が大きく投影されました。また、アリーナに乗り入れる郊外電車駅の名前は、一時的に「Celine」に変更されました。
経済的な影響も大きく、このレジデンス公演によりパリ地域に最大8億ユーロ(6億9,000万ポンド)の経済効果がもたらされると予想されています。日刊紙『リベラシオン(Liberation)』は、フランスの経済状況に触れ、「セリーヌ・ディオン。彼女は2027年の予算を救うのか?」と一面に掲載しました。また、ギャラリー・ラファイエット百貨店では、Tシャツや特製マカロンなどのグッズ販売が行われ、開店前からファンが行列を作る盛況ぶりを見せました。