連邦捜査当局が民主党のイルハン・オマル下院議員のワシントンD.C.の自宅を捜索した。.
連邦捜査当局によるオマル下院議員の自宅急襲と押収品
国土安全保障捜査局(HSI)のエージェントおよそ25人が、10月12日の午前6時頃、ミネソタ州選出のイルハン・オマル下院議員のワシントンD.C.の自宅を訪れ、ドアを激しく叩いて騒動となりました。
オマル議員は旅行から帰宅したばかりで、自宅到着後わずか2時間半ほどしか睡眠をとっていなかったと述べています。当時の状況について、まるで夢の中にいるような奇妙な感覚だったと振り返り、家の周囲が完全に包囲されていたことを明かしました。ドアを開けた夫は、エージェントから捜査令状を提示されました。
捜査員らは4時間から5時間ほど家宅捜索を行い、議員の古い携帯電話、末娘の古い携帯電話、夫のティム・マイネット氏のノート、叔父から譲り受けたカメラ、ソマリア語の子ども向けフレーズ本など、合計17点を押収しました。捜索の最中、エージェントは国会議員としての特権に関わる書類の処理などを行いましたが、オマル議員自身は捜索が始まってからおよそ1時間経つまで自身の弁護士に連絡を入れることができなかったと語っています。
一方でオマル議員は、エージェントの態度について「主に礼儀正しく行動していた」と述べ、家の中の物をきちんと元の場所に戻し、折り畳まれていなかった衣類を畳んでくれてさえいたと評価しています。しかしその一方で、これほど早朝に自宅へ押し寄せるやり方は威嚇を目的としていたと批判しました。
この異例の強制捜査は、司法省の長年のベテラン職員らからも懸念の声を引き起こしました。中間選挙を間近に控えた時期の実施であったため、捜査のタイミングを巡って政治的中立性への疑念が呈されています。
氏名と身元をめぐる疑惑および司法省の調査
連邦捜査当局による今回の刑事捜査は、移民手続きや自然化申請における虚偽記載の疑いに焦点を当てています。事情を知る関係者が語ったところによると、捜査における主な容疑には、オマル議員の生年月日や、彼女あるいは彼女の父親が帰化申請において虚偽の申告をしたかどうかが含まれています。
また、彼女の父親の軍歴や、ソマリア内戦の際に同国を脱出した経緯についても調査の対象となっています。オマル議員は、1995年にソマリアから子どもとして逃れ、ケニアの難民キャンプで4年間過ごしたのち、12歳でアメリカに到着しました。その後、2000年に17歳でアメリカの市民権を取得しています。
論争の中心となっているのは、裁判所への提出書類においてオマル議員が「イルハン・ヌール・サイド・エルミ(Ilhan Nur Said Elmi)」という名義で記載されていた点です。これに対し、オマル議員はFOX 9などの取材に対し、自身の正式な氏名はIlhan Abdullahi Omarであると明言しています。
さらに、10年以上前の2013年にオマル議員が投稿し、2019年に削除した過去のソーシャルメディア上の投稿が再び注目を集めています。当時、彼女は父親の父親の日を祝う投稿の中で父親を「ヌール・サイド(Nur Said)」と呼んでおり、この名称が元夫であるアハメド・ヌール・サイド・エルミ(Ahmed Nur Said Elmi)の名前と酷似していることが議論を呼んでいます。連邦議会黒人コーカスが2020年に発表した父親の追悼記事などでは、父親の名前は「ヌール・オマル・モハメド(Nur Omar Mohamed)」と記録されています。オマル議員の事務所側は、この過去の投稿を削除した理由について、脅迫を受けたためであると説明しています。
トランプ大統領の追及とオマル議員側の反発
ドナルド・トランプ大統領は、ホワイトハウスやアイオワ州での集会をはじめとする様々な場面でオマル議員を厳しく追及し続けています。トランプ大統領は、オマル議員が選挙や連邦議会への宣誓で使用した名前が本名ではなく、かつて結婚相手として報じられた兄弟とされる人物と同名のエルミという姓が含まれていると主張しました。


トランプ大統領は、移民記録に関する疑いや不正疑惑を理由に、オマル議員が辞任に追い込まれるべきだとの考えを示し、国外退去だけでなく投獄に直面する可能性についても言及しました。これに対し、オマル議員の事務所側は報道内容を強く否定し、一連の疑惑や調査を根拠のない陰謀論であり政治的な攻撃であると退けています。
オマル議員は2017年にエルミ氏と離婚し、2018年にはアハメド・ヒルシ氏と法的に結婚しています。元夫との関係を巡る親族説について問われた際、彼女は「私の知る限りではない」と答え、兄弟婚という噂を一貫して否定しています。
自宅からの転居を決意した安全上の懸念
一連の家宅捜索やトランプ大統領による激しい攻撃によって自宅の住所が広く知れ渡った結果、オマル議員とその家族は深刻な安全上の脅威に直面することになりました。

オマル議員は、相次ぐ殺害予告や安全への懸念から、ワシントンD.C.の自宅にこれ以上住み続けることができないと判断し、転居せざるを得ない状況に追い込まれたことを明らかにしています。