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ピューリッツァー賞受賞記者のキャリー・マーフィー氏が79歳で死去、湾岸戦争の決死報道で功績

ワシントン・ポストの元特派員で、湾岸戦争時のクウェート報道によりピューリッツァー賞を受賞したキャリー・マーフィー氏が、79歳で死去した。

ピューリッツァー賞受賞記者のキャリー・マーフィー氏が79歳で死去、湾岸戦争の決死報道で功績

ワシントン・ポストの元特派員で、湾岸戦争時のクウェート報道によりピューリッツァー賞を受賞したキャリー・マーフィー氏が、79歳で死去した。夫のハーブ・ハウ氏によると、死因は肺線維症。マーフィー氏は1990年のイラクによるクウェート侵攻後、現地にとどまった数少ない欧米人記者の一人として知られる。

クウェート侵攻下での決死の報道

キャリー・マーフィー氏は、イラクによるクウェート占領下で、恐怖と不安定さ、そして失われた命に焦点を当てた報道を行い、高い評価を受けた。同氏は1991年にワシントン・ポスト紙へ寄稿したエッセイの中で、当時の惨状を以下のように記している。

クウェート市のどのブロックを見ても、荒らされていない家や、家族の誰かが殺されたり、一時的に投獄されたりしていない家庭はほとんどない。何百人もの人々が拷問を受け、あるいは直接殺害された。さらに何百人、おそらく何千人もの人々が行方不明になっている。

キャリー・マーフィー、ワシントン・ポスト紙への寄稿(1991年)

同氏は、イラク当局から隠れながら記事を送信することもあった。この時の報道はピューリッツァー賞国際報道部門だけでなく、ジョージ・ポーク賞外国報道部門も受賞した。

ウガンダの「ルウェロ三角地帯」での功績

マーフィー氏の報道は中東にとどまらない。元米国務省コンサルタントのロバート・ガーソニー氏は、1980年代にウガンダで起きた虐殺を止めるきっかけを作ったのは、マーフィー氏の報道だったと証言している。

ガーソニー氏がウガンダ軍による市民の殺害を米国当局に警告しても無視されていた際、同氏はマーフィー氏に詳細な情報を提供した。1984年8月14日付のワシントン・ポスト紙に掲載された記事は、ウガンダ軍が反政府勢力との戦いの中で何千人もの市民を殺害、あるいは意図的に餓死させていると報じた。

彼女のジャーナリズムは、その国の歴史を変え、数万人の命を救った。彼女は素晴らしい仕事をした。

ロバート・ガーソニー、元米国務省コンサルタント

共感と誠実さを貫いたジャーナリスト

同僚や知人によれば、マーフィー氏は「堅物で冷徹な外国特派員」というステレオタイプとは一線を画す人物だった。かつて同氏の編集者を務めたガブリエル・エスコバル氏(現フィラデルフィア・インクワイアラー紙編集主幹)は、2004年にホワイトハウス前で抗議の焼身自殺を図った情報提供者に対する彼女の対応を振り返る。

マーフィー氏は、その男性の不安を和らげようと忍耐強く対話を重ね、情報源に働きかけていた。エスコバル氏は、男性が実際に焼身自殺したという報をマーフィー氏のデスクに届けた際、彼女が「一瞬の痛みを伴う省察」を見せた後、即座に記事を執筆するという仕事に向き直った姿を記憶していると語った。

遺族と思い出の地

夫のハーブ・ハウ氏は、マーフィー氏の遺灰を家族が長年夏を過ごしたケープコッドの木の根元に撒く予定だと語った。「彼女が死後も命を与え続け、その枝が空に向かって伸びていくというイメージが気に入っている」とハウ氏は述べた。

執筆者について: nipponese

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