ロバート・F・ケネディ元司法長官の孫娘、カイル・フランシス・ケネディさんが、先月21日にマサチューセッツ州ウェストウッドの自宅で42歳で亡くなっていたことが分かった。死因は公表されていない。幼児教育や障害者の権利擁護に尽力した生涯を閉じ、12歳と10歳の二人の息子が遺された。
自宅で死去、教育と人権擁護に尽くした生涯
カイル・フランシス・ケネディさんは、米国有数の政治名門一家であるケネディ家の出身だ。中央日報日本語版によると、カイルさんは先月21日、マサチューセッツ州ウェストウッドの自宅で息を引き取った。1984年にワシントンで生まれたカイルさんは、ジョージタウン大学を卒業後、ハーバード大学で教育政策の修士号を取得。その後はニューヨーク市の公立学校で教師として教壇に立ち、初等教育の改善やチャータースクールの拡大、教育課程の改革といった分野で積極的に活動した。2019年にはボストンマラソンを完走する体力を見せていたが、2020年に重度の脊髄損傷を負い、四肢がまひする不運に見舞われた。
脊髄損傷後も続けた社会貢献活動
2020年の負傷後も、カイルさんは社会活動を諦めなかった。中央日報日本語版やchosunonline.comの報道によると、カイルさんは自身の障がいを抱えながらも、障害者の権益擁護活動を継続した。マサチューセッツ州議会の公聴会に出席し、障害者に対する医療差別を防ぐための制度改善の必要性を証言するなど、当事者として権利向上を訴え続けた。バーク葬儀場に掲載された訃報には、困難な状況下でも持ち前のユーモアを失わず、二人の息子にとって最高の母親であろうと努力し続けた姿が記されている。遺族には、12歳のコナーさんと10歳のデクランさんが残された。
度重なる悲劇と「ケネディ家の呪い」
ケネディ家は、歴史的に多くの悲劇に見舞われてきた一族として知られる。chosunonline.comやYahoo!ニュースによると、カイルさんの祖父であるロバート・F・ケネディ・シニア元上院議員は1968年6月5日、大統領予備選挙の勝利直後に銃撃され、翌6日に死亡した。また、カイルさんの父親であるマイケル・ルモイン・ケネディ氏も、1997年12月31日にコロラド州でのスキー事故で39歳の若さで亡くなっている。一族では他にも、ジョン・F・ケネディ元大統領の暗殺をはじめ、航空機事故、薬物の過剰摂取などで若くして命を落とす家族が相次いでおり、米国社会ではこれを「ケネディ家の呪い」という言葉で表現する向きがある。
繰り返される一族の訃報
近年もケネディ家をめぐる悲報は途絶えていない。chosunonline.comのまとめによると、2019年にはロバート・F・ケネディ・シニアの孫娘が薬物の過剰摂取で亡くなり、その翌年には別の孫娘が幼い息子とカヌーに乗っている最中に溺死するという痛ましい事故が発生している。さらに、昨年12月にはジョン・F・ケネディ元大統領の孫娘にあたるタチアナ・シュロスバーグさんが、急性骨髄性白血病との闘病の末、35歳で死去した。こうした忘れたころに繰り返される悲劇は、そのたびにメディアの関心を集めている。
残された問いと今後の懸念
カイル・ケネディさんの死因については、現時点で明らかにされていない。ケネディ家は長年、暗殺や事故、病気といった多様な要因によって家族を失い続けており、その背景には常に公的な注目が集まってきた。カイルさんが遺した二人の幼い息子の今後や、死因に関する公式な発表があるのかという点については、現時点では不明なままである。名門一族の歴史に刻まれた新たな悲報に対し、社会的な関心は依然として高い。
