消費者庁が「お茶」に含まれるネオニコチノイド系農薬の残留基準値の引き上げを検討する中、健康被害との関連が懸念されている。麻酔科医の平久美子医師らが実施した調査では、基準値内であっても健康被害が生じる可能性が指摘されており、行政の規制方針と実態との乖離が浮き彫りとなっている。
群馬県で発生したネオニコチノイド中毒の疑い
2003年、群馬県の開業医から大量散布されたネオニコチノイド系農薬による中毒患者が多数来院しているとの報告がなされた。東京女子医科大学附属足立医療センターの平久美子医師は、この事態を「前代未聞の人体実験」と表現し、研究論文として内閣府食品安全委員会に報告している。群馬県では2006年に松林への大量散布は中止されたが、その後も患者は増加の一途をたどった。2009年には全国から延べ3000人超が当該診療所を訪れる事態となり、共通してペットボトルの茶飲料や国産果物を日常的に摂取していたことが明らかとなった。
基準値内でも検出される健康被害の兆候
平医師が患者の日常的な摂取物である茶飲料を分析したところ、ネオニコチノイドが検出された。しかし、その数値は消費者庁が定める残留農薬基準値を下回っていた。この結果に対し、平医師は「比較的低い濃度であっても、摂取を続けた患者さんには健康被害が起きていた」と指摘する。2012年にアメリカの研究者を招いて実施した尿検査では、症状のある患者からのみ同農薬が検出された。この調査により、頭痛、全身の倦怠感、記憶障害などの症状とネオニコチノイド摂取との因果関係が推定されるに至った。

EUと日本の規制方針における大きな隔たり
日本におけるネオニコチノイドへの対応について、医学博士で環境脳神経科学情報センター副代表の木村-黒田純子氏は、EUとの規制の差を強調する。EUでは登録されていた5種のうち3成分が屋外使用禁止、1成分が登録抹消されるなど規制が強化されている。一方、日本については「危険性が証明されない限り動かない」という風潮が根強く、残留農薬基準値が高いまま放置されていると指摘した。北海道大学らの2018年の調査では、スリランカ産の茶葉からは検出されなかったネオニコチノイドが、日本のお茶からは全39検体から検出されるという結果も出ている。
イミダクロプリド基準値の引き上げ検討
現在、消費者庁は「イミダクロプリド」の残留基準値を現行の3倍となる「30ppm」に引き上げる方向で検討を進めている。新潮QUEによると、これは今年の8月に公示された改正告示案に含まれる内容である。イミダクロプリドは世界で急性中毒患者の報告数が最も多い成分の一つとされ、慢性的な摂取が脂肪肝の原因となる可能性も動物実験等で示唆されている。平医師は「国は人体への影響を不確実としたまま、健康被害との因果関係が分からないのをいいことに、緩和を進めている」と批判的な見解を示した。
今後の食の安全と市場への影響
日本の食料供給の構造上、輸入農産物との兼ね合いから厳しい基準設定が難しい側面がある。平医師によれば、国産品についても「心配なら各人が摂取を減らせばいい」という論理で、農家の使用実態に合わせた緩い基準が設定され続けてきた。今後、基準値の引き上げが実施されれば、より高濃度の農薬が含まれた商品が市場に流通する懸念がある。誰にもその全貌が掴めないまま、日常的な茶飲料を通じた農薬曝露のリスクが継続している現状に対し、消費者はより厳しい選択を迫られる可能性がある。