北朝鮮の金与正朝鮮労働党副部長が、内部で高い人心掌握術を発揮しているとの証言が浮上した。2024年に韓国へ亡命したリ・イルギュ元駐キューバ北朝鮮大使館参事官が、自身の経験に基づき、金与正氏の「人たらし」とも評される振る舞いが独裁体制下ではかえって危険な毒になり得ると指摘した。
ハノイ会談決裂後の「気配り」が職員を心酔させた
2019年の米朝首脳会談が決裂した後、北朝鮮外務省は権力中枢からの厳しい批判に晒されていた。リ・イルギュ氏がYouTube番組(9月29日公開)で証言したところによると、当時、金正恩総書記の側近である玄松月氏が卓球の対抗試合の会場で「外務省をやっつけろ」と執拗に煽り、職員らは萎縮し深い屈辱を味わっていたという。
この険悪な状況を一変させたのが金与正氏だった。試合終了後、片付けを始めようとした外務省職員に対し、金与正氏は「外務省の同志の皆さんは、このような仕事はなさらなくて大丈夫です。次の予定へ向かってください。これらは私たちがすべてやりますから」と温かい言葉をかけた。このスマートな気配りは、権力闘争の中で孤立していた職員らに強い印象を残し、外務省内では金与正氏を絶賛する声が相次いだとリ氏は語った。
「白頭の血統」が持つカリスマ性と人心掌握の罠
金与正氏は、公式談話で韓国や日本を激しく罵倒する一方で、内部のエリート層に対して卓越した人心掌握術を見せており、彼女が単なる拡声器ではなく高度な政治的センスを備えていることを示唆している。独裁体制において、最高指導者以外の者が周囲の心をつかむことは「反逆」とみなされるリスクがあり、元駐キューバ北朝鮮大使館参事官のリ・イルギュ氏も証言の中で以下のような指摘をしている。.
- 金与正氏への信奉者(ファン)が生まれ、派閥が形成されれば、最高指導者への脅威とみなされる可能性がある。
- 2013年に処刑された実力者・張成沢氏のケースと同様、周囲から仰ぎ見られる存在になることは、指導者の猜疑心を買い命の危険を招きかねない。
金主愛氏の台頭と権力方程式の行方
近年、北朝鮮では金正恩氏の娘である金主愛氏が後継者のような扱いで公式行事に登場する機会が増えている。金与正氏がどれほどナンバー2の座を望まないとしても、彼女は指導者と同じ「白頭の血統」という強固な権威を背負っている。
周囲の心を掴み、実務能力と血筋によるカリスマ性を兼ね備えることは、この閉鎖的な権力システムの中では諸刃の剣となる。姪である金主愛氏との関係が今後どのように推移するかは不透明だが、信奉者が増えるほどに金与正氏自身の立場は危ういものとなる。冷酷な権力方程式の中で、彼女がこの先どのように立ち回るのか、その動向が注目されている。