かつて日本の原油輸入量の4割を占めたイラン産原油は、米国の制裁強化により現在は輸入ゼロの状態にある。元イラン大使の齊藤貢氏は、長年日本にとって重要な供給元であったイランとの関係が、米国との対立や安全保障環境の変化によっていかに変容したかを指摘している。
石油が結んだ日本とイランの歴史的絆
日本とイランの友好関係は古く、奈良の正倉院に収蔵される「白瑠璃碗(はくるりのわん)」が、ササン朝ペルシャから伝来した品として両国の交流を象徴している。より近代では、1953年の「日章丸事件」が両国の絆を決定づけた。英国の海上封鎖を突破してイラン産原油を日本へ持ち帰ったこの出来事を経て、イランは日本にとって不可欠なエネルギー供給元となった。齊藤貢氏は、1970年にはイラン産原油が日本の輸入量全体の4割を占めるに至ったと指摘する。第一次オイルショック後の多角化でシェアは減少したものの、イランは長らくサウジアラビアに次ぐ重要な供給国であり続けた。

日本から中国へ移った油田権益の皮肉
日本が撤退を余儀なくされたアザデガン油田の開発権益は、その後中国企業が引き継ぐこととなった。かつて日本が保有していた権益が中国へ渡った現状について、齊藤氏は「皮肉な話」と述べている。現在、イランの原油輸出の約9割は中国向けであり、両国は経済的に深く結びついている。しかし、イラン国内には中国に対する根強い不信感も存在する。齊藤氏がテヘランで関係者から聞いた話によれば、イラン政府関係者の間では中国に対する否定的な声も少なくないという。歴史的な文明国としてのプライドが、両国の間に「文明の衝突」とも呼ぶべき牽制を生んでいると齊藤氏は分析する。
米国の「ポーカー」に対抗するイランの持久戦
週プレNEWSによれば、トランプ政権下の米国はイラン体制の崩壊を狙ったが、イランは「チェス」のような論理的かつ長期的な持久戦で抵抗を続けている。イランの体制は、最高指導者のハメネイ師個人への権力集中ではなく、軍産複合体である「イスラム革命防衛隊」を核とした集団指導体制に近い。この強固な体制は、国民の生活よりも体制の維持を優先するため、外部からの圧力にも容易には屈しない。齊藤氏は、米国がイランという国の実態を読み違えたことが、現在の膠着状態を招いたと指摘する。
イランからすれば、原油輸出の約90%は中国向けで、極めて重要な経済的パートナーです。しかし中国からすると、イラン産原油は、中国の原油輸入の約10%にすぎません。(齊藤貢氏の分析より)
米イラン仲介に残された日本の役割
近年の日本外交は、北朝鮮問題や中国の軍事的台頭を背景に、日米同盟を最優先する姿勢を強めている。かつてのような日米間の激しい摩擦は減ったが、同時に日本が独自にイランとの関係を深化させる余地は狭まった。しかし、齊藤氏は、米国と率直に議論ができ、かつイラン側からも信用されている主要国は日本をおいて他にないと強調する。中国やロシアに対して複雑な感情を抱くイランにとって、日本は緊張緩和の仲介役として依然として特別な存在であり得る。今後、日本が米国と同盟関係を維持しつつ、イランとの対話を通じた緊張緩和にどのような役割を果たせるのか、その外交手腕が問われている。