お笑いコンビ「パックンマックン」のパックンさんは、貧困に苦しんだ少年時代の経験から、現在も無駄遣いをしない生活を徹底していると語りました。『婦人公論』2024年10月号のインタビュー記事によると、かつては満足に食事もできない生活を送っていたといいます。
貧困に直面した少年時代と保健室の記憶
パックンさんは、母と二人暮らしだった幼少期、経済的に非常に苦しい生活を送っていました。学校では空腹のあまり体調を崩すこともあり、当時のつらい思い出を振り返っています。そんな彼を支えたのは、保健室の先生が差し出してくれた牛乳とクッキーでした。パックンさんは、当時のその温かな支援がどれほどありがたかったかを語っており、その経験が今のお金との向き合い方に深く影響していると述べています。
1993年の来日と英会話講師としての出発
パックンさんが初めて日本を訪れたのは1993年のことです。当時、幼なじみから日本行きを誘われたことがきっかけでした。ハーバード大学を卒業した直後だったパックンさんは、特別な縁があったわけではなく、好奇心だけで同行を決めました。当初は福井県福井市に住み、英会話講師として働き始めました。当時の月給は手取りで約20万円ほどだったといいます。
奨学金による負債と社会人生活の重圧
社会人としての一歩を踏み出した当時、パックンさんはすでに100万円を超える負債を抱えていました。大学時代に借り入れた奨学金の返済が残っていたためです。一流企業に就職した同級生と比較されることも多く、彼自身もハーバード大学卒業という経歴から、周囲には世界経済フォーラムのアメリカ支局長やYahoo!本社の役員、さらには現職のアメリカ内閣メンバーらが名を連ねています。
パックンさんは、1993年に幼なじみから日本へ行かないかと誘われたことが、初めて日本を訪れるきっかけになったと語っています。
ハーバード大学時代の同級生との対比
パックンさんの周囲には、俳優のマット・デイモンなど、各界で活躍する人物が多数存在します。同級生の中には最高裁の判事もおり、華々しいキャリアを歩むかつての仲間たちと自身の境遇を比較されることも少なくありません。しかし、パックンさんはそうした環境の中で、自らの少年時代の苦労こそが、現在の糧になっていると強調しています。
質素な暮らしを貫く現在のお金との向き合い方
少年時代の極限の貧困経験は、パックンさんの金銭感覚を形作りました。無駄遣いをせず、慎ましく生活することが、彼にとってはごく自然なこととなっています。2026年10月26日に放送された『徹子の部屋』でも、お金について深く考えるようになった経緯や、昨年亡くなった愛妻への思いを語りました。今後は、これまでの苦労を乗り越えて培った考え方を背景に、どのような活動を展開していくのか注目されます。