ハーバード大学の研究チームは、実験室で7年間培養したヒト脳オルガノイドが、実際の脳と同様に発達し、生物学的な「時計」として時間の経過を記録していることを突き止めました。この画期的な研究成果は、自閉症や統合失調症など、脳の成熟過程に関連する疾患の解明に向けた新たな道を開くものです。
7年に及ぶ長期培養と脳の発達メカニズム
通常、ヒト脳オルガノイドの寿命は数ヶ月程度に限られており、脳の発達における初期段階しか観察できませんでした。しかし、ハーバード大学の研究者らが主導した最新の研究では、約7年間にわたってオルガノイドを維持・培養することに成功しました。これは、これまでで最も長期間の記録となります。
「脳は、個人の身体という文脈から切り離された環境下であっても、これほど長期間にわたり発達を継続できるのです」 パオラ・アルロッタ(Paola Arlotta)、ハーバード大学教授
細胞内部に刻まれた「発達の記憶」
今回の研究で最も注目されるのは、オルガノイドが時間の経過を「記録」し、すでに経験した発達ステップを記憶しているという点です。研究チームは、異なる段階にある細胞を混ぜ合わせて「キメラ」を作成する実験を行いました。この実験で、1年かけて発達した古い細胞と、わずか2週間しか経過していない若い細胞を再構成しました。

「この研究は、オルガノイド内の多様な細胞がかなりの期間にわたって発達可能であり、自身の発達年齢を記録し、それを想起できることを示しています。これらのシステムは、ヒト脳の産後の発達における、これまでほとんど解明されていなかった期間について豊富なデータを提供します」 研究チーム、Nature誌掲載論文より
疾患研究と将来の展望
この技術は、自閉症や統合失調症などの精神疾患が、人生のどの段階でどのように出現し、進行するのかを理解するための強力なツールになると期待されています。これまで動物実験に頼らざるを得なかった新薬の試験においても、ヒトの細胞を用いたモデルとして活用できる可能性があります。

一方で、アルロッタ教授は、これらのオルガノイドが意識を持つことはないと強調しています。オルガノイドはあくまで「生物学的モデル」であり、感覚入力や複雑な高次脳機能は備えていないためです。また、今回の実験に使用されたオルガノイドは、研究の終了とともに破棄されました。
将来的な展望として、研究チームは、特定の脳細胞の発達を人為的に加速させる技術への応用を視野に入れています。現時点では、これらのオルガノイドが人間以上に長生きできるのかという問いに対し、明確な答えは出ていません。しかし、今回の研究結果は、脳の発達を制御する 細胞固有の時計 の存在を強く示唆しており、その分子メカニズムの解明が今後の焦点となります。
なお、本研究の詳細は、科学誌 Nature に掲載されました。研究の過程では、マウスの胚を用いたシステムや、多様な幹細胞株の認証が行われ、厳格な倫理基準のもとで実験が遂行されています。