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2025-05-15 04:30:00
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
近年、世界の企業が、東南アジアやアフリカへのインフラシステム輸出に注力しており、政府も後押ししています。そうした中で、日本のインフラ企業にはどのような強みがあり、それは東南アジアでどのように生かされるのでしょうか。入山先生は、フィリピンのマニラで暮らした経験も踏まえ「日本のインフラ企業のオペレーションには、世界屈指の強みがある」と解説します。
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「日本式の街づくり」は東南アジアと相性がいい?
こんにちは。入山章栄です。
この連載の第245章で「ベトナムと日本は親和性が高い」という話をしました。今回はそこから東南アジアの街づくりに進出する日本企業に興味を持ったと言う荒幡さんから、東急グループのベトナムでの取り組みについてお話しします。

先日、先生からお話を伺ったベトナムの郊外に、東急グループが開発の手を伸ばしているようです。
ベトナム南東部、ホーチミン郊外のビンズン新都市で、現地の企業とジョイントベンチャーを設立し、住宅や商業施設、交通インフラといった「街づくり全体」をパッケージとして輸出しています。
ビンズン新都市は、ホーチミンから直線距離で30キロ程度なので、東京~横浜間くらいの距離です。クルマで1~2時間程度ですが、今は鉄道がないのでアクセスが良くありません。
そこに今後、地下鉄が伸びるといった計画も持ち上がっています。ベッドタウンとしてのポテンシャルがある場所ですね。
なるほど。ベトナムは非常に縦に長い国で、北が政治の首都のハノイですね。そして南側に経済の中心地、ホーチミンがあります。その30キロくらい北にビンズン新都市があって、そこを東急グループが開発しているんですね。今後はそこに鉄道や高速バスも引っ張ってくるということですね。
なぜ、荒幡さんはこの東急の動きに興味が湧いたんですか?

「街づくりそのものを輸出する」という視点が面白いと思いました。特に「日本式の街づくり」が東南アジアと相性がいいのか考えてみたいです。
なるほどね。結論から言うと、日本式の街づくりとベトナムの都市開発の相性はかなりいい、というのが僕の理解です。
まずそもそも、日本の国内市場は飽和状態で、人口も減っていきますよね。これからの日本の街づくりは、人口が減っていく中でどうコンパクトシティを作るかという、高齢社会対策の街づくりになってきます。
それに比べて、ベトナムは以前も話した通り、人口が1億人くらいいて、平均年齢が30歳程度と若い。つまり、これからもっと人口が増えて、伸びていく若い国なんです。日本でいう1960年代の高度経済成長期のような時代を迎えつつある国が、現在のベトナムです。
日本企業はこれまで「増えている時代の街づくり」をやってきました。そのノウハウが、これから伸びる東南アジアのベトナムには使えますよね。
実際、東急グループは「増えている時代の街づくり」に非常に力を入れてきた会社です。渋谷を起点にメジャーな路線として東急東横線と東急玉川線、東急田園都市線を作り、沿線の主要駅で街づくりをしてきました。
その代表例が「二子玉川」や「たまプラーザ」です。1980~1990年代に、東急グループは渋谷に通う人たち向けのベッドタウンとして、たまプラーザを開発しました。高級住宅街として売り出された新興住宅地に、色んな家庭が集まってきます。
ちなみに、そのご近所同士の不倫劇をドラマ化したのが、『金曜日の妻たちへ』シリーズ(TBS系、1983-1985年)ですね(笑)。小倉さん、荒幡さんは知らないと思いますが、小林明子が歌う『恋に落ちて』という曲が流行ったり、当時はかなり話題になったドラマでした。

名前だけは知っています。
東急グループは今も路線沿線の開発をしています。
例えば、東京のベッドタウン的な位置付けで大成功しているのは、東急東横線の武蔵小杉、通称「ムサコ」です。僕は慶應大学の学生だった90年代の前半から半ばに、大学のある日吉に、東横線を使って渋谷から通っていました。
渋谷から日吉までは、代官山、中目黒、自由が丘、田園調布を通って、そして武蔵小杉を過ぎ、その先に日吉があります。
正直、当時の武蔵小杉は、河原のそばにある「何もない街」でした。ところが今や「タワマンの街」になっています。東急グループがまた「ムサコ」ブランドをうまく作ったんですね。
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