1957年12月30日、イングランド東部で17歳のアン・ノブレットが失踪し、その1ヶ月後に遺体で発見された。遺体は死後間もなく殺害されたにもかかわらず、発見時まで極めて良好な状態で保存されていたことが判明した。警察は拉致・誘拐事件として捜査を進め、25歳の男を逮捕した。
ダンス教室の帰りに消えたアン・ノブレット
1957年12月30日、月曜日の夕方、イングランド東部のハートフォードシャー州マーシャルズ・ヒースに住む17歳のアン・ノブレットが姿を消した。アンは地元の裕福な家庭で育ち、スイスのフィニッシングスクールを経てワトフォード工科大学に進学した学生だった。明るく社交的な性格で、クリスマス休暇中も友人たちとダンスを楽しむ活発な日々を送っていた。
事件当日も、アンは午後から地元のホールでダンスのレッスンを受けていた。終了後、友人たちに「また金曜日にね」と言い残し、午後6時ごろに最寄りのバス停で下車した。その後、自宅から400メートルほどの田舎道を歩く姿が、近所に住む14歳の少女に目撃されている。これが、彼女が生前に確認された最後の姿となった。
1000人態勢の捜索と不審車の影
夜になっても帰宅しない娘を案じた両親は、午後9時ごろにハートフォードシャー警察へ捜索を依頼した。警察は直ちに捜索犬を投入し、周辺の聞き込みを開始した。その過程で、アンが降りたバス停付近に1台の不審車が停まっていたという情報が浮上する。
警察はこの不審車の人物がアンを拉致した可能性が高いと判断し、マーシャルズ・ヒース一帯で1000人規模の大規模な捜索活動を展開した。しかし、懸命な捜索もむなしく、当時のアンの足取りを掴むことはできなかった。
ホイットウェル近郊の森で発見された遺体
行方不明から1ヶ月後の1958年1月31日、事態は急展開を迎える。バス停から約11キロ離れたホイットウェル近郊の森で、犬を散歩させていた兄弟が若い女性の遺体を発見した。警察は、その遺体がアン・ノブレットであることを即座に特定した。
現場の状態について、当時の報道は以下のように伝えている。
- 遺体は失踪時に着ていた服をそのまま身につけていた。
- 仰向けで胸の上に手を組むという、まるで昼寝をしているかのような不自然な姿勢だった。
- 衣服のボタンが掛け違えられており、第三者が着せ替えた痕跡が残されていた。
なぜ遺体は死後1ヶ月も「鮮度」を保っていたのか
検死の結果、胃の内容物からアンは失踪当日に殺害されていたことが判明した。しかし、発見時の遺体には腐敗の兆候がほとんど見られなかった。1月のマーシャルズ・ヒース周辺は比較的温和な気候であり、1ヶ月経過すれば自然に腐敗が進むのが通常である。
この「鮮度」を保った状態について、警察は死後に遺体がどこかで冷凍保存されていた可能性を指摘した。犯人が遺体を意図的に保存し、発見されるまで管理していたという事実は、事件の計画性と異常性を浮き彫りにした。