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“原爆の父”描いた映画『オッペンハイマー』は日本でこそ見られるべき【日本上映開始】 | Business Insider Japan

この授業では白黒をつけるのが難しい倫理的課題を扱い、議論する。例えば、「テロリズムは必ず悪と言えるか」「拷問によって自白を強要するのは常に悪か。それによって人命が救われると分かっている場合でも?」といった感じだ。 この授業を担当している教授は、普段、これらの問いについて「こう考えるべきだ」「これが正しい解釈だ」とは決して言わない、正解を押し付けないスタイルの人だった。 その彼が、原爆の話の時だけ、みんなの意見が出尽くした後に、「無差別に非武装の市民を大量殺害した原爆の使用は、アメリカによるテロリズムだった」と言った。この教授(アメリカ人)が自らの見解をこのように言い切ることは珍しかったので驚き、今もよく覚えている。 また、同じくケネディスクール在学中に、日本人学生がさまざまな国出身の同級生たちを引率して日本に連れていく「ジャパン・トリップ」というものを企画したことがある。私も引率チームのメンバーとして参加した。 この時、東京、名古屋、京都などに加え、広島にも立ち寄り、原爆資料館を訪れ、被爆者から直接話を聞いた。参加者には、アメリカ人、ヨーロッパ人、それに戦時中に日本軍がやったことに対して複雑な思いを抱いている韓国人の同級生たちや、軍人の同級生も含まれていた。 そのそれぞれにとって、広島での一日は強烈な体験になったようだった。その晩は、お通夜のようにしんみりして、被爆者の話を思い出しながら泣いてしまう人もいたし、「アメリカ人でありながら、自分はアメリカが使った核兵器についてまったく理解していなかったと知った」と言っている人たちもいた。 戦争をどう伝えるかという問題は、どの国にとっても難しい。どんな国も、自分たちを正当化し、歴史を美化しようとするし、醜悪な行いについてはなかったことにしたいという心理が働く。その結果、それぞれの国で大きく異なる、それぞれに歪んだ歴史が形成され、代々にわたって伝えられてしまう。そのような歪みを歪みのままに放置せず、異なる見方に耳を傾けることで修正・補完していくことが、誰にとっても必要なことなのではないだろうか。 オバマ米大統領(当時)は2016年5月27日、現職大統領として初めて広島の平和記念公園を訪れ、17分にわたるスピーチを行った。 ロイター/カルロス・バリア 当時日本でも報じられたので覚えている人もいると思うが、1995年、ワシントンDCの国立スミソニアン博物館の「エノラ・ゲイ展」の企画が保守派のバッシングに遭うという出来事があった。原爆被害や歴史的背景の解説も含め、従来のアメリカの原爆観を検証する斬新な内容の展覧会だったが、事実上中止に追い込まれた。 この話には続きがある。最近になって、国立スミソニアン博物館が2025年の展示刷新を機に、原爆投下後の広島・長崎を映した写真を新たに展示する計画をしていると発表したのだ。今度こそ企画が実現するといいなと思う。 考えてみれば、長い間、現職のアメリカ大統領が被爆地・広島を訪れることはタブーだった。それを2016年にオバマが実現し、バイデンもそれに続いた。独善的と言われることの多いアメリカも変化しているのだ。 戦争について、日米間には間違いなくさまざまな理解のギャップがある。普段突っ込んで話す機会がないだけで、話してみればそのギャップの深さはわりとすぐに明らかになる。それを私たち一人ひとりがまず認識し、受け止めることこそが相互理解の第一歩だろう。今回の「バーベンハイマー」騒ぎもそのようなギャップを示す一つの例であり、歴史学習の機会にもなりうる。 アメリカと同じことをしなかったと言えるか [1945年7月、アメリカ・ニューメキシコ州で実施されたトリニティ実験。ここでプルトニウム原子爆弾の爆発実験が行われた(背後に写っている物体は、実験が失敗した際にプルトニウムを回収するための鋼鉄製容器「ジャンボ」)。 アギラード/シャッターストック オッペンハイマーの人生にとっても、アメリカにとっても、世界にとっても、人類初の核実験であるトリニティ実験の成功は一つの大きな節目であり、映画『オッペンハイマー』の山場でもある。 この実験が成功する場面を見ると、オッペンハイマーのリーダーシップの下、当時ロスアラモスで原爆開発に関わっていた物理学者たちの高揚感が伝わってくる。彼らは、世界でも最先鋭の、エキサイティングな科学的研究に取り組んでいる。彼らの研究は、第二次世界大戦の勝敗を左右し、アメリカの勝利を、さらにソ連に対するアメリカの軍事的優位性を決定づける重要な国家プロジェクトなのだ。 優秀で野心的な科学者たちにとって、そのような重要な研究に関わることができるということは、刺激的で、知的にもワクワクすることだったに違いない。その興奮は、自分たちの研究の成果が人類史上例のない大量殺人兵器を生み出すものであるという重大かつ根本的な倫理的問題を忘れさせてしまっていたのかもしれない。 それを一番感じたのは、トリニティ実験の成功を祝う場面と、その後まもなく広島・長崎に原爆が投下され、それがやはり「成功した」というニュースの後、ロスアラモスの関係者たちが歓喜に沸き、オッペンハイマーを賞賛する場面でだ(彼はとても手放しで喜ぶ気にはなれず、むしろこの時を境に強烈な罪悪感に襲われることになるのだが)。 これら2つのシーンでの彼らの喜び方は、まるでオリンピックで自国がメダルを獲った時の喜び方のように、無邪気で熱狂的だ。原爆のせいで犠牲になる何十万もの日本人の命については、なんの懸念も抱いていないように見える。この場面を見て不愉快になる日本人は多いと思う。 ただ、少し冷静に考えてみると、これが当時のアメリカの正直な気分ではあったのだろうと思える。日本が降伏してくれさえすれば長かった戦争は終わる。原爆はそれを実現してくれた。映画にも「Our boys will come home.(兵士たちがアメリカに帰ってこられる)」という表現が出てくる。自己中心的といえばその通りだが、戦争中、それはどの国も究極的には同じだろう。殺さなければ殺され、相手を潰さない限り自分が潰される。 当時、核兵器を開発していたのはアメリカだけではない。ソ連もドイツも日本も核兵器の開発を目指して研究に取り組んでいた。「ドイツ(またはソ連)が先に核を開発してしまうのでは」という焦りは、アメリカ政府を原爆開発に向けて後押しした重要な要因だったと思われ、映画でもそのように描かれている。 「原爆によって非武装の市民を大量に殺害し、あるいは被爆の後遺症によって長く苦しめたトルーマン大統領は、戦時中とはいえ、非人道的な選択をした」「アメリカ軍部は、膨大な研究費用を投じて開発した最新大量破壊兵器を使わないわけにはいかなかった。それを試してみたかったし、世界にその威力を見せつけたかった。そのために日本が犠牲になった」という批判は、しばしば聞かれるものだ。でも、仮に日本が世界で最初に原爆開発に成功していたら、果たしてアメリカと同じことをしなかったと言えるだろうか? 私は分からないと思う。 映画を観た後、タイミングということについて思った。人は生まれる時代を選べない。でも、たまたまある時代に一人の人が生まれたことで、その人の人生もだが、歴史の流れが決定的に左右されてしまうということはあるだろうと思うのだ。 オッペンハイマーがもし別の時代に生まれていたら世界はどうなっていただろう? 彼がやらなくても、いつか誰かが核兵器を開発しただろうが、彼という人があのタイミングでアメリカに存在しなかったら、原爆の開発は第二次世界大戦が終わるまでに間に合わなかったかもしれない。 あるいは、オッペンハイマーのような優れた人材がいたら、ソ連やドイツが、あるいは日本が、アメリカよりも先に原爆製造に成功していたかもしれない。そうしたら、歴史は大きく違っていたはずだ。 そして、あの時代に生まれてさえいなければ、オッペンハイマー自身の人生もまったく違ったものになっていた。もし現代に生まれていたら、シリコンバレーの半導体産業で活躍し、巨万の富を築く人生になっていたかもしれない。 「被害者」として戦争を記憶し続ける日本 広島の夏の風物詩「灯籠流し」。原爆で亡くなった人を追悼するため戦後まもなく遺族らの呼びかけで始まり、今に続いている アリ・ベサー/ゲッティイメージズ 日本では、毎年8月になると「戦争体験を忘れない」という言葉がよく聞かれる。今や終戦から約80年が経ち、第二次世界大戦の記憶が風化することを懸念する声も強くなってきている。ただ、それについての語り方で私が気になっていることがある。被害者としての意識の強さだ。…

“原爆の父”描いた映画『オッペンハイマー』は日本でこそ見られるべき【日本上映開始】 | Business Insider Japan

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2024-03-29 09:45:00

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