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2024-08-27 10:00:00
小田急江ノ島線・桜ヶ丘駅。各駅停車の小さな駅の目の前に、「冒険研究所書店」という名の書店がある。
ライフインサイダー
店舗へと続く階段の手前には、そりに乗ったしろくまを引く冒険家が描かれた店の看板が。ほっこりと優しいタッチのイラストに心を掴まれ、その階段を登る人は少なくないだろう。
“冒険”という2文字は、なぜこんなにも人をワクワクさせるのか。未知なる世界との出会いがあるのではと、期待が高まる。
北極冒険家による「街の本屋」

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100平米弱の店舗には、約5000冊もの新刊と古本が並ぶ。本をセレクトしているのは、店主であり、北極冒険家として数々の実績を持つ荻田泰永だ。
「冒険研究所書店」という名ではあるものの、置かれているのは冒険や探検にまつわるものだけではない。
小説や絵本、ノンフィクション、写真集から人文書、実用書まで、ありとあらゆるジャンルの本が集められていることから、「街の本屋的な機能の方が大きい」と荻田は語る。客の7割は近隣の住民だ。

店内を1周すると、普段自分と接点がないような本にも巡り会える。5000冊は書店として決して多い蔵書数ではないが、未知なる世界との出会いという意味では、大型書店の何倍もの確率を秘めている。
もちろん、荻田目当てで訪れるファンや、冒険に関する情報を求めてくる人も後を絶たない。ゲストを招いて行う対談「冒険クロストーク」や読書会も定期的に開催しており、イベント時には遠方からわざわざ多くの人が集まってくる。
本屋経営は極地冒険より難しい?

荻田は2000年から20年以上に渡り、北極や南極での単独徒歩冒険を行ってきた。これまでに17回の北極冒険を経験し、2018年には日本人初の南極点無補給単独徒歩到達に成功するなど、冒険家として輝かしい実績を持つ。
現在「冒険研究所書店」が入居する物件を借りたのは、冒険で溜まった装備品の保管場所を探していたからであり、当初から書店の構想があったわけではない。
ただ、かつて自身が冒険に関する情報を集めるのに人を訪ね歩いた経験から、単なる事務所ではなく冒険をテーマに人が集う場にしたいと考えていた。

絵本や児童書も取り扱う冒険研究所書店。
事務所として使い始めた約半年後の2020年春、付近の小学校が休校になるという知らせを聞きつけた。コロナ禍のはじまりである。
そこで荻田はとっさに、行き場を失った子どもたちのためにこの場所を開放することを決めた。こうやって近所の人々との接点ができると、ふとこの街に書店がないことに気づいた。
「この子たちは、一体どこで文化や本に触れるのだろう……」と疑問を抱いていた矢先、ある日ふと“本屋を開こう”と思い立ったのだ。2021年1月30日のことだった。

約4カ月後の5月24日には「冒険研究所書店」を開店させたというから、驚くべきスピードだ。その背後には、他の書店の協力や立ち上げに加わった仲間たち、さらにはクラウドファンディングで集まった資金など、数々の応援があった。
これまで、“生きるか死ぬか”という程の過酷な環境の中で冒険を重ねてきた荻田だが、意外なことにこう笑って話した。
「断然こっち(書店経営)の方が難しいですね……。北極を歩く方が簡単ですよ、20年やってますから。本屋は3年、まだまだひよっこなんで、分かんないことだらけです(笑)」
“答えが書かれている本”は置かない

5000冊の本が収まった棚は、北極への道を共にした写真家・柏倉陽介を中心に手作りされたものだ。本をゆっくり見られるようにと、荷物置きも設置している。
開店した当初は未経験がゆえに「自分の趣味の棚を作ってしまった」が、ある時お客さんから「編み物の本はないですか?」と聞かれて、ハッとしたという。
興味のないものに注目できていなかった——。そんな気づきを得たことで、現在のように幅広いジャンルの本を揃え始めた。

ただし、“答えが書かれている本”は置かないと決めている。
「これが答えです、と言わんばかりに結論が書かれている本は、読み手に主体性がなくても読めるんですよ。
100年後も残るようなものではなく、2〜3年で古くなっていく情報って、あまり普遍性がない。だからこういう本は置かないですね」

極地冒険で実際に荻田が使用した装備が展示されている。
主体性。これこそが、北極冒険家の荻田が本屋を開いたキーワードと言えるだろう。なぜならば、荻田にとって本を読むことと冒険をすることは、主体性を持って行うという意味で、同一性があるからだ。
「主体性というのは、人の頭で考えたものではなく、自分の意志で行うということ。
ルールやマニュアルがあるわけではないので、計画を達成するために、道筋や道具を全部自分で考えなければならない。
本を読むのも全く同じで、本に書かれている内容というのは、筆者の答えでしかない。自分の頭の中にある答えにたどり着くためには、主体的に本を読まなければならないんです」
書店は「商売と公共の中間的存在」

「ちゃんと開いていることですかね……」
店舗づくりで大切にしていることは何かと尋ねると、荻田は少し考えてからこうつぶやいた。至極当たり前のようでいて、ここには店主としての気概が詰まっている。
「いつ行っても閉まっているとか、定休日じゃないはずなのに開いてないとか、よくあるじゃないですか。そうなってはいけないな、と思うんです。
街の本屋としての機能を大切にしたいから、やっぱりちゃんと開いていることが大事なのかなと」

街の書店として文芸書も取り扱う。
これは荻田が書店を、商売と公共の中間的な存在と捉えていることに通じている。書店は消費をしなくても自由に出入りできる場だからだ。
ところが街の中からそういう所が減り、主要駅に行けばちょっとしたベンチすら見当たらない。すべてが“何かの場所”、つまり消費が生じる場所に変わりつつあるのが現代の都市化の傾向だ。
経済合理性ばかりが追求されていくと、人の気持ちは切り捨てられ、そこには“遊び”の要素はない。だからこそ、なんでもない場所が街の中にあることが大事だと、荻田は考えている。
書店店主と冒険家という二足のわらじ、それぞれのビジョン

書店店主としての今後のビジョンは、“書棚を街にばらまく”ことだ。それは、書店業界に対して抱いている課題感にもつながっている。
「本屋というのは薄利多売であって、昔はそれでも成り立っていたけど、今はもうできないでしょう。
一人で100のリスクを抱えられなくなって、どんどん街から本屋が消えてしまっている。やがてはゼロになるでしょうね。だったら書棚を街にばらまいて、100のリスクを1ずつ100分割しちゃえばいいと思うんですよ」
荻田の理想はこうだ。魚屋、ソムリエ、手芸が得意な人など、地域の専門家がそれぞれのジャンルで選書し、書棚を管理する。そうすれば街から書棚が消える可能性はうんと低くなる。
「人と書棚が直結するので、必ずしも成功するかどうか分からない部分はあります。
でもうまく設計をすれば、ちゃんと機能的で、かつ代替が効かないという、バランスが取れたものになるのではないかと思うんです」
一方冒険家としては、今後は自分の挑戦ではなく、頑張る若者に社会の追い風を吹かせたいと考える荻田。著書『考える脚』の中でも、「これをやるべきなのは自分であり、やりたいと思っているのも自分で、そして実現できるのもまた自分しかいないだろう」と語っている。
「冒険研究所書店」が人生で影響を受けた本・社会人に薦めたい本

・『おろしや国酔夢譚』(井上靖、文春文庫)
史実を元にした江戸時代の漂流民の小説。黒潮に乗って北に漂流した船がロシアの小さい島に行き着くが、当時は日本とロシアに国交がなかったため、帰国を希望する際は皇帝に許可を得なければならなかった。
一行はエカチェリーナ2世がいるサンクトペテルブルクを目指すために、真冬のシベリア横断を余儀なくされる。
「若い頃、北極に行くまでの移動中やホテルで何度も繰り返し読んだ本です。“これから一人で北極を歩く”という状況の中で、冬のシベリア横断の物語を読みながら勇気をもらっていました。小説としてもものすごく面白いです」
・『「空気」の研究』(山本七平、文春文庫)
「『空気読めよ!』と言われるあの空気の正体を書いた本です。仕事を始めたばかりの若い人で、もし“空気”について悩んでいたら参考になるのではと思って選びました。“空気”にどのように対抗するのか、ということが書かれています」
・『日本人の意識構造』(会田雄次、講談社現代新書)
「筆者は元々中世のヨーロッパ史を研究していた人で、太平洋戦争後に捕虜になり、ビルマ(現在のミャンマー)の収容所で何年も生活しています。
そのような経験から、日本人と西洋人の考え方の違いを、良し悪しではなくすごく客観的に分析しているんです。
日本人の性質に気づくことで、どうしたら同調圧力の根強い社会を変えていけるのかについてのヒントになると思います」
#北極冒険家のもう一つの顔は書店店主街の本屋さんでも唯一置かないと決めている本とは #Business #Insider #Japan


