草間彌生氏が97歳で逝去
草間氏のスタジオは「芸術的創造に完全に捧げた並外れた生涯を通じて、草間は視覚芸術、パフォーマンス、フィクション、詩を含む創造的な実践を行う先駆的な前衛芸術家として国際的に高い評価を受けるキャリアを追求した」と公式に追悼の意を表した。また、同氏は最期まで筆を置くことなく、永遠の愛と魂の探求を続けていたという。
水玉模様と無限の探求
1929年に長野県松本市の種苗業を営む家庭に生まれた草間氏は、幼少期から幻覚を体験し、その恐怖や衝撃を和らげるために目に見えるものをスケッチブックに描くようになった。この幻覚体験は、後に同氏の代名詞となる「水玉模様」や「無限の網(インフィニティ・ネット)」の創作へとつながった。
1958年に渡米し、ニューヨークで活動を開始した草間氏は、当時の男性中心のアートシーンの中で独自のスタイルを確立した。1965年には、鏡と光を用いて終わりのない空間を作り出す「Infinity Mirror Rooms(無限の鏡の間)」を発表し、世界的な注目を集めた。同氏の作品は、絵画、彫刻、インスタレーションと多岐にわたり、鮮やかな色彩と執拗なまでの反復モチーフが特徴である。
波乱のキャリアと国際的評価
1960年代のニューヨークでは、反戦運動をテーマにした「ハプニング」と称されるパフォーマンスを行い、裸のパフォーマーに水玉を描くなどの活動で物議を醸したこともある。その後、精神的な不調により日本へ帰国し、長年、自ら志願して都内の精神科病院に入院しながら創作活動を続けた。

長らく不遇の時代を過ごした草間氏だが、1993年のヴェネツィア・ビエンナーレで日本代表として展示を行ったことを機に、再び国際的な評価が急速に高まった。2010年代以降は、その作品がSNS時代における自撮り文化とも親和性が高く、世界的な文化アイコンとしての地位を確立した。
世界に遺した芸術の足跡
草間氏の作品は、ニューヨークの近代美術館(MoMA)やホイットニー美術館、ワシントンD.C.のハーシュホーン博物館、ロンドンのテート・モダンなど、世界中の主要な美術館で展示されてきた。2017年には東京に「草間彌生美術館」が開館している。

また、その芸術性はファッションや商業デザインの分野にも浸透し、ルイ・ヴィトンやランコムといったブランドとのコラボレーションも展開された。スタジオは、今後も草間氏の意思を引き継ぎ、芸術を通じて世界の人々に希望と力を届け続けると表明している。
[https://www.bbc.co.uk/news/articles/c3v4k0re3vwo?at_medium=RSS&at_campaign=rss] [https://www.theguardian.com/artanddesign/2026/aug/27/yayoi-kusama-dies-aged-97-artist-dead] [https://www.npr.org/2026/08/26/1102916697/yayoi-kusama-high-priestess-of-polka-dots-has-died] [https://abcnews.com/Lifestyle/wireStory/yayoi-kusama-splashed-polka-dots-art-world-dies-135994086] [https://www.yahoo.com/entertainment/articles/japanese-artist-yayoi-kusama-dies-033944763.html]