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2025-05-05 10:00:00
- 初めての大ヒット映画と言われる『ジョーズ』は公開から50周年を迎える。
- 1975年に公開されたこの作品の興行収入は、2億6070万ドルに達した。
- 製作はさまざまな問題や複雑な事態に見舞われたことで有名だ。
スティーブン・スピルバーグを一躍有名にし、興行的な成功を再定義した映画が今年50周年を迎える。
1975年6月20日にアメリカで公開された『ジョーズ』は初めての”大ヒット映画”と言われ、大手スタジオのハイパフォーマンス映画という新しいジャンルを生み出した。
平和な町を恐怖に陥れるホホジロザメを地元の警察官、海洋生物学者、シャークハンターが追う姿を描いたこの映画は、沖での撮影や絶えず故障する機械仕掛けのサメへの対応など、さまざまな製作上の困難に直面した。
スピルバーグはこの波乱に満ちた製作現場を「人間対永遠の海」と表現した。
「戦いに勝ったのは海だ —— でも、わたしたちは各国の観客に勝った」とスピルバーグは監督で作家のローラン・ブーズローの2023年の著書『Spielberg: The First Ten Years』で語っている。
あなたが知らないかもしれない『ジョーズ』にまつわるいくつかの事実を紹介しよう。
(敬称略)
映画の原作となった小説は、実在のサメにインスパイアされたもの

作家のピーター・ベンチリーは、1964年に全長約5.2メートル、重さ約2トンのサメを捕まえたロングアイランドの漁師フランク・マンダスにインスパイアされたと話している。
1974年の小説『ジョーズ』で、ベンチリーはマンダスのサメ猟のキャリアからヒントを得て、クイント船長のキャラクターを書き上げた。
この小説は商業的に大成功を収め、何カ月もベストセラーリストに載ったとニューヨーク・タイムズは報じた。
映画のプロデューサーは、小説が発表される前に映画化の権利を買っていた

小説が発表される前に、プロデューサーのリチャード・ザナックとデビッド・ブラウンは原稿のコピーを入手していた。
ニューヨーク・タイムズによると、それを読んだ2人はこの小説を映画化する権利を15万ドル(現在の108万ドル)で購入した。
当時、スピルバーグは26歳だった

ザナックとブラウンはスピルバーグの前に2人の監督にアプローチしていた。当時のスピルバーグは26歳で、唯一監督したことのある長編映画は1971年の『Duel』だった。
『ジョーンズ』はスピルバーグにとって2作目の長編映画だった。
映画はマーサズ・ヴィニヤード島の沖合で撮影された

映画は1974年の5月2日から10月6日まで、アメリカのマサチューセッツ州マーサズ・ヴィニヤード島で撮影された。
「東海岸でここが唯一、12マイル(約19キロ)沖まで行くと陸地が見えず、海面からわずか30フィート(約9メートル)下に砂地の海底があって、サメのソリが設置できる場所だった」とスピルバーグはブーズローに語っている。
「観客には、ボートはすぐに引き返して岸に戻ることはできないと思わせたかった。まさに360度の海のステージが必要だった」
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