ウクライナが米スペースX社の衛星通信「スターリンク」への依存脱却を模索し、欧州独自の通信網開発を急いでいる。米政府による通信制限が軍事作戦に影を落とす中、欧州各国でもイーロン・マスク氏関連の技術に対する警戒感が強まっている。
ウクライナ軍の作戦に響くスターリンクの通信制限
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は10月17日、欧州諸国がスターリンクに代わる衛星通信システムの開発を進めていると明かした。米国製技術が通信サービスに制限を加えられるリスクを各国の政府が深刻に捉え、独自の代替手段確保が急務となっている。
スペースX社が展開するスターリンクは、地球の周回軌道上に1万基を超える衛星を配備し、世界の運用衛星の過半数を占める。しかし、ウクライナ軍が利用する軍事・政府向けサービス「スターシールド」では、軍事作戦に直結する制限が浮上した。ウクライナ大統領顧問のセルヒー・ベスクレストノフ氏は16日、移動中の通信端末において、時速約160キロを超えると通信が遮断される制限が事前の通告なしに導入されたと説明した。この影響でドローンが低速飛行を余儀なくされ、ロシア軍の攻撃に対する防衛能力が低下しているという。
ホワイトハウス関与の疑念と高まる欧州の反発
通信制限の背景には、米政府の意向が働いているとの見方が強い。マスク氏は、利用条件や速度制限の決定権は米政府や大統領にあると示唆した。一方、ドナルド・トランプ米大統領は制限への関与を否定している。
ロイター通信は15日、米政府当局者2人と事情を知る西側当局者1人の話として、この制限の指示がホワイトハウス内部から出されたと報じた。誰が最終的な決定を下したのか、その全容は依然として不明だ。こうした事態に対し、欧州の支援国からは批判が噴出している。ポーランドのラドスワフ・シコルスキ外相は、自身のXアカウントで「欧州の顧客として、あなたを注視している」とマスク氏に警告し、自社製品を政治利用することへの不快感をあらわにした。
欧州独自の通信網「IRIS²」による自立への道
ウクライナ大統領府のイホル・ジョウクワ副長官は、16日の欧州連合(EU)首脳会議を前に、欧州独自の代替システム構築が不可欠であると強調した。具体的な計画の詳細は明かされていないものの、代替案を巡る協議はすでに進展しているという。
現在、欧州で期待されているのがEUが開発中の「IRIS²」である。このシステムは低軌道と中軌道の衛星を組み合わせた複数軌道型のネットワークで、計348基の衛星で構成される計画だ。主な特徴は以下の通りである。
- 政府機関向けの安全な通信網の確保
- 防衛活動、国境・海上監視、情報共有の支援
- 地上通信網が未整備な地域におけるインフラの補完
EUは2026年8月に衛星数の拡大を含む実施合意を結んだ。しかし、最初の打ち上げは2029年を予定しており、2030年の本格運用までは、スターリンクへの依存を即座に解消することは困難な状況にある。
SNS「X」を巡る規制と法的対立
マスク氏が関与する技術への懸念は、衛星通信以外にも拡大している。EUの欧州委員会は2025年12月5日、同氏が買収したSNS「X」に対し、デジタルサービス法(DSA)違反を理由に1億2000万ユーロ(約213億円)の制裁金を科した。透明性の欠如や、有料認証マークによる利用者の誤認を招く仕組みが問題視された。
この制裁に対し、マスク氏側は欧州委員会の決定取り消しを求め、EU一般裁判所に提訴した。これを受け、米司法省は2026年9月24日、原告であるマスク氏側を支持する形で訴訟に参加すると発表した。米司法省は、欧州委員会の規制権限が米国企業に対して不当に行使されていると主張しており、技術の利用を巡る欧米間の対立が深刻化している。
スコットランド民族党が掲げる「X」禁止の動き
政治的な動きは、法廷の外でも加速している。スコットランド民族党(SNP)は10月17日、アバディーンで開催した年次党大会において、SNS「X」を英国全域で禁止することを支持する決議を採択した。
決議では、スコットランド自治政府や議会、地方自治体などの公的機関に対し、Xの利用を停止するよう求めている。SNPは今後、党としてのXの利用状況を精査し、全国執行部に報告する方針を示した。この決議は英国政府を直接拘束するものではないものの、安全保障からSNS政策まで、マスク氏の傘下にある技術への依存を断ち切ろうとする動きが欧州各地で強まっている。
欧州独自の衛星通信網が完成し、真の自立を果たすまでには、なお数年の歳月が必要となる見通しだ。それまでの間、ウクライナの軍事作戦と欧州のデジタル政策は、米国の政治情勢とマスク氏の経営判断に強く左右される不安定な状況が続くことになる。