2026年7月16日、ニカラグア外務省はイタリアとの外交関係断絶を発表しました。この決定は、1978年のアルド・モーロ元首相誘拐・殺害事件の実行犯とされるアレッシオ・カジミリ氏の身柄引き渡しを巡り、イタリアのアントニオ・タヤーニ外相がニカラグア政府を強く批判したことへの対抗措置です。
アレッシオ・カジミリ氏を巡る長年の対立
今回の外交関係断絶の引き金となったのは、イタリアの極左武装組織「赤い旅団」の元メンバー、アレッシオ・カジミリ氏に対するイタリア側の根強い身柄引き渡し要求です。カジミリ氏は、1978年にイタリアの元首相アルド・モーロ氏が誘拐・殺害された事件に関与したとして有罪判決を受けています。アルジャジーラが報じたところによると、カジミリ氏は数十年にわたりニカラグアに居住しており、イタリア当局は繰り返しその身柄の引き渡しを求めてきました。

カジミリ氏は1983年、当時サンディニスタ民族解放戦線が統治していたニカラグアに亡命しました。その後、1989年にニカラグア国籍を取得し、首都マナグアでイタリア料理店を経営するなど、現地社会に定着しています。ロイターの報道によれば、カジミリ氏は「鉛の時代」と呼ばれたイタリアの激動期に赤い旅団に所属していたことは認めているものの、モーロ氏殺害への直接的な関与については否定し続けています。
タヤーニ外相の批判とニカラグアの反発
アントニオ・タヤーニ、イタリア外相
さらにタヤーニ氏は、ニカラグアのような「過激派政府」のビジョンとイタリアが共有できるものは何もないと強調しました。これに対し、ニカラグア外務省は、イタリア側のコメントが国家主権に対する攻撃であると判断し、外交関係の即時打ち切りを表明するに至りました。ニュース・アゼルバイジャンが伝えた分析では、この動きは単なる身柄引き渡し要求から、国家間の広範な外交危機へと発展したと指摘されています。

法的な壁と引き渡し手続きの停滞
イタリア側が繰り返し引き渡しを要求しているにもかかわらず、手続きが進まない背景には、ニカラグア国内の法制度が大きく関わっています。ニカラグアの憲法は自国民の身柄引き渡しを禁じており、両国間に二国間の引き渡し条約も存在しません。報道によると、ニカラグア政府は1993年に一度カジミリ氏の国籍剥奪を試みましたが、1999年に最高裁判所が「国籍の剥奪は法廷のみが決定できる」との判断を下したため、撤回を余儀なくされました。

イタリア政府は、カジミリ氏への市民権付与を「犯罪者に対する政治的な保護」とみなしており、司法正義の実現を阻害するものだと主張しています。対照的に、ニカラグア政府は市民権の問題を純粋な内政事項と位置づけ、他国からの干渉を拒絶する姿勢を貫いています。この両国の主張の平行線が、今回の断交という極端な措置を招いた要因と言えます。
イタリアが追求するモーロ事件の記憶
アルド・モーロ氏の誘拐・殺害事件は、イタリア現代史における最も痛ましい政治的出来事の一つです。元首相でありキリスト教民主主義党の指導者でもあったモーロ氏は、共産党との連携を模索するなど、当時のイタリア政治において重要な安定化の役割を担っていました。イタリア外務省は外交関係断絶の報を受けた後も、犠牲者の記憶と正義の原則を守るため、カジミリ氏の引き渡しを求め続ける姿勢を改めて強調しました。

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