イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相(76)は、現職として同国史上初めて刑事裁判の被告となった。詐欺、背任、収賄の罪に問われる公判は、ガザやイランとの戦闘下でも継続している。10月27日の総選挙を控え、長期政権の正念場を迎えている。
現職首相として初の刑事被告人となった経緯
読売新聞オンラインによると、ネタニヤフ氏への捜査が本格化したのは首相在任中の2016年12月である。その後、2019年には詐欺、背任、収賄罪で起訴された。ネタニヤフ氏は、建国以来最長となる通算19年近く首相の座にあり、現職のまま法廷に立つという異例の事態となった。2024年12月10日には、刑事裁判の被告として初めて証言台に立った。イスラエル軍がガザで大規模攻撃を行うなど紛争が激化する中でも審理は続いており、今年6月24日には本人による法廷での証言が終了した。

「1000号事件」で問われる富豪との交友
裁判で審理されている3事件のうち、1000号事件ではネタニヤフ夫妻と富豪の交友関係が焦点となっている。検察の主張によれば、ネタニヤフ氏はハリウッドで映画プロデューサーとして活動するイスラエル人富豪アルノン・ミルチャン氏らから、高級葉巻やシャンパンなどの贈り物を受け取った。その総額は計69万シェケル(約3600万円)にのぼる。見返りとして、米国務長官へ連絡しミルチャン氏の米国ビザ延長に便宜を図った疑いが持たれている。法廷では、ミルチャン氏の秘書が、サラ夫人から葉巻を「葉っぱ」、ピンク色のシャンパンを「ピンク」という隠語で呼ぶよう要求されたと証言した。これに対し、ネタニヤフ氏は「友人からの贈り物にすぎない」と反論している。
メディアとの癒着を巡る「2000号」と「4000号」事件
メディアへの便宜供与を巡る癒着疑惑も深刻だ。2000号事件では、有力紙イディオト・アハロノトの発行人アーノン・モゼス氏との謀議が問われている。検察によると、ネタニヤフ氏はモゼス氏に対し、自身の意向に沿った報道をする代わりに、競合紙であるハヨウム紙の事業を制限するよう持ちかけた。ハヨウム紙はネタニヤフ氏寄りの記事で部数を伸ばしており、イディオト紙の経営を脅かしていたとされる。また、4000号事件では通信大手ベゼクの株主シャウル・エロビッチ氏との関係が争点だ。ベゼク傘下のネットメディア「ワラ」で好意的な記事を掲載させる見返りに、通信省次官を通じてベゼクに規制上の便宜を図ったと検察は主張している。

総選挙を控えた政権の命運とアラブ票の行方
10月27日の総選挙は、ネタニヤフ氏の政治生命をかけた「最後の選挙」になる可能性が指摘されている。ニューズウィーク日本版によると、ネタニヤフ氏は現在、元軍人のガディ・アイゼンコット氏が率いる政党「ヤシャル」に一歩リードを許す苦しい戦いを強いられている。アイゼンコット氏は首相経験がないことを「新しさ」としてアピールし、リクードの支持基盤であるミズラヒ層への浸透を図っている。一方で、2023年10月7日のハマスによる攻撃以降、パレスチナ問題はユダヤ系有権者にとって極めて敏感なテーマとなった。政権交代の鍵を握るとされる「アラブ票」の行方も含め、混迷するイスラエル政界の動向から目が離せない。
裁判の主な争点
- 1000号事件:富豪アルノン・ミルチャン氏からの贈答品受領と米国ビザ延長の便宜供与
- 2000号事件:イディオト・アハロノト発行人との癒着と競合紙の制限
- 4000号事件:通信大手ベゼクの株主との癒着および規制上の便宜
紛争下の裁判継続と残された問い
ネタニヤフ氏が紛争を激化させる背景には、裁判を遅延させる政治的思惑があるのではないかとの疑念が根強い。読売新聞オンラインによれば、2025年3月18日にガザへの大規模攻撃が再開された際、同氏は安全保障協議を理由に公判延期を申請し、裁判所はこれを認めた。しかし、イスラエル軍がシリアへの攻撃も加える中でも裁判は停止することなく進んでいる。政権延命を図るネタニヤフ氏に対し、反ネタニヤフ派は汚職疑惑を理由に退陣を求めて共闘してきた。司法の判断と選挙の結果、どちらが先にイスラエルの政治地図を塗り替えることになるのだろうか。