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錦織圭がジャパンオープン初戦で敗れ、19年のプロ生活に幕を下ろす

男子テニスでアジア男子最高位の世界ランキング4位を記録した錦織圭は1日、木下グループ・ジャパン・オープンの男子シングルス1回戦で世界8位のフランシス・ティアフォーに敗れ、19年間のプロ生活に幕を下ろした。 錦織圭が有明で迎えた現役最後の戦い 東京有明テニスの森公園で行われた試合で、錦織圭は第2シードのフランシス・ティアフォーと対戦した。結果は4-6、4-6のストレート負けだった。第1セットの第1ゲームでいきなりサーブを破られたが、第4ゲームでブレークバックに成功して3-2と一時逆転した。しかし、第7ゲームで再びポイントを奪われてセットを落とした。第2セットでも第3ゲームで先にブレークを許し、最後まで相手のサービスゲームを崩せなかった。 日本テニスを世界水準へ押し上げた歩み 日本テニス界で100年に1人と称された錦織は、13歳で盛田ファンドの支援を受けて単身渡米した。14年全米オープンでは準決勝で当時世界1位のノバク・ジョコビッチを破り、アジア男子初となる4大大会シングルス準優勝を果たした。さらに16年リオデジャネイロオリンピックではラファエル・ナダルを破り、日本勢96年ぶりとなる銅メダルを獲得した。ロジャー・フェデラー、ナダル、ジョコビッチら歴史的な王者たちと対戦し、日本男子が世界の頂点で戦う姿を現実にした。 相次ぐけがとの闘いと残された悔い ツアー通算12勝、452勝を積み重ねた一方で、4大大会の頂点には届かなかった。17年の右手首負傷をはじめ、ひじや股関節の故障に悩まされ、復帰を果たしても年単位の時間を失った。「けがとかなかったら続けて挑戦したかった」と本人が振り返るように、練習やトレーニングへ向かう足が重くなる時期もあった。それでも、8月の全米オープン予選で熱い気持ちを取り戻し、母国での大会が最後の舞台となった。 穏やかな心境で迎えた最後の公式戦 先月25日の会見で、錦織は最後の試合について「楽しみという気持ちが大きい」と語っていた。主催者推薦で出場した今大会を「本当にボーナスみたいなもの」と表現し、12年と14年に制した思い出の地である有明で最後の公式戦を戦い抜いた。「ずっとそうですけど、自分が楽しめればいい」と話し、ファンに特別な姿を求めず、最後まで自身のスタイルを貫いた。 ジュニア育成へ向ける次世代への思い 引退後の具体的な活動はまだ決まっていないが、自身の経験をジュニアの世代に伝えたいという強い思いがある。「日本のテニスがどんどん強くなってほしい」と願い、世界で戦うために海を渡った少年の挑戦は、これからも次の世代へと引き継がれていく。

錦織圭がジャパンオープン初戦で敗れ、19年のプロ生活に幕を下ろす

男子テニスでアジア男子最高位の世界ランキング4位を記録した錦織圭は1日、木下グループ・ジャパン・オープンの男子シングルス1回戦で世界8位のフランシス・ティアフォーに敗れ、19年間のプロ生活に幕を下ろした。

錦織圭が有明で迎えた現役最後の戦い

東京有明テニスの森公園で行われた試合で、錦織圭は第2シードのフランシス・ティアフォーと対戦した。結果は4-6、4-6のストレート負けだった。第1セットの第1ゲームでいきなりサーブを破られたが、第4ゲームでブレークバックに成功して3-2と一時逆転した。しかし、第7ゲームで再びポイントを奪われてセットを落とした。第2セットでも第3ゲームで先にブレークを許し、最後まで相手のサービスゲームを崩せなかった。

日本テニスを世界水準へ押し上げた歩み

日本テニス界で100年に1人と称された錦織は、13歳で盛田ファンドの支援を受けて単身渡米した。14年全米オープンでは準決勝で当時世界1位のノバク・ジョコビッチを破り、アジア男子初となる4大大会シングルス準優勝を果たした。さらに16年リオデジャネイロオリンピックではラファエル・ナダルを破り、日本勢96年ぶりとなる銅メダルを獲得した。ロジャー・フェデラー、ナダル、ジョコビッチら歴史的な王者たちと対戦し、日本男子が世界の頂点で戦う姿を現実にした。

相次ぐけがとの闘いと残された悔い

ツアー通算12勝、452勝を積み重ねた一方で、4大大会の頂点には届かなかった。17年の右手首負傷をはじめ、ひじや股関節の故障に悩まされ、復帰を果たしても年単位の時間を失った。「けがとかなかったら続けて挑戦したかった」と本人が振り返るように、練習やトレーニングへ向かう足が重くなる時期もあった。それでも、8月の全米オープン予選で熱い気持ちを取り戻し、母国での大会が最後の舞台となった。

穏やかな心境で迎えた最後の公式戦

先月25日の会見で、錦織は最後の試合について「楽しみという気持ちが大きい」と語っていた。主催者推薦で出場した今大会を「本当にボーナスみたいなもの」と表現し、12年と14年に制した思い出の地である有明で最後の公式戦を戦い抜いた。「ずっとそうですけど、自分が楽しめればいい」と話し、ファンに特別な姿を求めず、最後まで自身のスタイルを貫いた。

ジュニア育成へ向ける次世代への思い

引退後の具体的な活動はまだ決まっていないが、自身の経験をジュニアの世代に伝えたいという強い思いがある。「日本のテニスがどんどん強くなってほしい」と願い、世界で戦うために海を渡った少年の挑戦は、これからも次の世代へと引き継がれていく。

執筆者について: nipponese

Nipponese News編集部は、国内外のニュースを日本語で分かりやすくお届けします。