北朝鮮による拉致被害者家族会は、9月下旬の訪米活動を終えて帰国した際、報道陣とのやり取りの中で「遺族会」という呼称を否定しました。拉致被害者の生存を前提に活動を続ける家族にとって、被害者を死亡扱いする言葉は受け入れがたいものです。羽田空港での一幕と、その後の報道を巡る家族側の強い懸念を詳報します。
羽田空港で起きた「遺族会」との呼称への抗議
9月25日午後、羽田空港にて拉致被害者家族会代表の横田拓也さんらは、訪米活動の報告を行いました。この取材の最中、質問した記者が家族会を「遺族会」と呼ぶ場面がありました。横田めぐみさんの弟である拓也さんは、その場で「家族会です」と即座に訂正を求めました。この出来事は、被害者の帰国を待ち続ける家族の姿勢を象徴する瞬間でした。取材後、拉致議連事務局長を務める自民党の北村経夫参院議員が当該記者に対し、発言の撤回と謝罪を促しました。その後、記者が謝罪する場が設けられたと関係者は伝えています。
「死亡」を前提としない救出活動の重み
拉致被害者家族は決して「遺族」ではありません。平成14年9月の日朝首脳会談で、北朝鮮側は拉致を認めた一方で、複数の被害者について「死亡」と説明しました。しかし、日本政府は現在に至るまで、その死亡を確認していません。被害者支援組織「救う会」の西岡力会長は、当時の首脳会談直後から報道機関に対し、「死亡した拉致被害者」や「遺族」という言葉を使用しないよう求める緊急アピールを行ってきました。拉致から24年が経過した今も、家族会は「生存」を前提とした救出活動を貫いています。
ウェブ報道で見られた「遺品」という表記の問題
今回の訪米報道では、言葉の扱いを巡りさらなる波紋が広がりました。25日に配信されたある報道機関のウェブ記事において、拓也さんが訪米先に持参しためぐみさんの体操着や手編みのマフラーが「遺品」と表記されました。遺品とは一般的に、亡くなった人が残した品物を指します。当該記事はその後、閲覧できない状態となりました。拉致被害者の田口八重子さんの長男で、家族会事務局長を務める飯塚耕一郎さんは26日、自身のX(旧ツイッター)で「家族会は生存を前提に救出活動を行っております」と投稿し、報道の不適切な扱いを強く批判しました。
「見捨てられている」という家族の不安
訪米に同行した福井県立大の島田洋一名誉教授は、「遺族会」発言について「日本のマスコミが『遺族』や『遺品』という言葉を使うのはとんでもない」と苦言を呈しました。島田氏は、仮にこうした報道が拉致被害者本人に伝われば、「自分たちは見捨てられている」という衝撃を与えかねないと指摘します。「遺族」という言葉は、北朝鮮側の主張に加担する側面があるため、家族にとっては単なる「言い間違い」では済まされない重みがあります。生存を信じ、帰りを待ち続ける家族にとって、言葉選びは被害者の尊厳そのものに関わる問題です。
帰りを待つ家族としての歩み
横田めぐみさんや田口八重子さんらが拉致されてから、すでに半世紀近い歳月が流れています。それでも家族らは、被害者の生存を信じて帰国を求め続けてきました。報道機関における誤用や誤表記は起こり得るものですが、家族がなぜ「遺族」という言葉を拒み続けてきたのか、その背景にある切実な願いを理解することが求められています。今後も家族会は、被害者の生存を信じて米国政府関係者らへ働きかけを継続し、早期帰国に向けた国際的な協力を訴えていく方針です。彼らは「遺族」ではなく、愛する家族の帰りを今も待つ当事者として、救出の声を上げ続けています。