2026年9月13日に投開票された沖縄県知事選で、高市早苗政権が支援した新人の古謝玄太氏が初当選を果たした。米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設計画を容認する候補の勝利は、1972年の本土復帰以来初めてであり、同県では復帰後生まれとして初の知事誕生となる。
辺野古移設を容認する候補が沖縄県知事選で初当選
沖縄県知事選は13日に投開票を迎え、新人の古謝玄太氏(42)が3選を目指した現職の玉城デニー氏(66)を破った。政府が進める米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設計画を容認する候補が知事選で勝利するのは初めてとなる。1972年の米国統治から日本への復帰後、沖縄で初めての復帰後生まれの知事誕生という歴史的な節目を迎えた。自民党本部では15日午前10時半、平田明浩撮影による同氏が役員会に向かう姿が記録されている。
歴史的転換点と変わらない構造の現実
那覇支局の平川昌範支局長は、今回の選挙結果を歴史的な転換点であると指摘している。しかし、その上で同支局長が強調するのは、沖縄の変化そのものではなく、むしろ変わらない構造の方である。第二次世界大戦末期の沖縄戦と戦後の米国統治により、同県ではインフラや社会保障制度の整備が遅れた。復帰後も広大な米軍基地が残存し、経済発展が阻害され続けてきた歴史的事実が存在する。
「誰かのせいにしない」という強いフレーズの波紋
知事選が告示された8月27日、古謝氏は第一声で「誰かのせいにしない沖縄をつくりたい」と発言した。沖縄の有権者が歴史的要因を指摘し続けてきたのは、本土の人の記憶からそれが消し去られつつあると感じているからにほかならない。そのため、この強い言葉には一部で批判の声も上がった。しかし、結果的には広い共感を呼び、嘆くよりも新しい時代をつくろうというメッセージとして受け入れられた。
物価高と暮らしを圧迫する中で求められた経済振興
投票所で取材に応じた有権者たちは、2期8年の玉城県政に対して行き詰まり感があると口々に語った。物価高が日々の暮らしを圧迫する現在の状況下で、有権者は基地問題よりも経済振興や所得向上を優先する選択を行った。若い世代に任せていきたいという声もあり、これが古謝氏への投票につながったと明かされている。候補者を代えて閉塞感を打破しようとする動きは、過去の県政転換期とも重なる。
非自民から自民への県政転換に見る有権者の心理
非自民系から自民系への県政転換は、1998年の知事選で革新系の大田昌秀県政から保守系の稲嶺恵一県政へ移行した時に類似している。当時の毎日新聞の報道には、「理想ばかりではどうにもならない」「経済で期待できなかった」という有権者の声が並んでいた。沖縄の県民は、保守や革新、さらには一部の保守と革新が手を携えた「オール沖縄」の県政も経験してきたが、どのような政権であっても選挙の度に閉塞感に直面してきた。
新しい知事の誕生がもたらす今後の県政への注目
復帰後生まれ初の知事として誕生した古謝氏のもとで、沖縄県政は大きな舵を切ることになる。辺野古移設計画の推進を容認する姿勢を示す新政権が、長年の課題である基地問題と経済振興の双方にどのように向き合うのかが問われている。有権者が託した所得向上や暮らしの立て直しに向けた具体的な政策実行力が、今後の県政運営を左右する最大の焦点となる。