名古屋地裁は8日、元妻ら女性3人に対し傷害や不同意性交などの罪に問われた牧亮被告(33)に、懲役13年の実刑判決を言い渡した。長期間の虐待で被害者を精神的に支配し、尊厳を踏みにじったと認定された。
人格を否定し「道具」として扱った悪質性を認定
中日新聞によると、名古屋地裁の蛯原意裁判長は、元妻のカオリさん(31・仮名)に対する犯行について、身体的・精神的な虐待を繰り返して要求に逆らえない心理状態に乗じたと指摘した。自己の欲望を満たす道具として陵辱した態様は悪質であり、人格や尊厳を著しく踏みにじったと非難した。また、被告が不合理な弁解に終始し、反省や内省が見られないことから、再犯の恐れもあるとした。
判決が認定した事実によると、牧被告は2024年3月にカオリさんに暴行を加えて肋骨を折るけがを負わせた。同年8月には、妻となっていたカオリさんの股間を蹴り上げて打撲させ、9月には別の暴行で入院中だった彼女に指示し、性的な姿を動画撮影させた。このほか、別の元交際相手への恐喝や強要、カオリさんの友人女性に対する不同意わいせつについても有罪となった。

脳挫傷で昏睡状態に陥り記憶を失った被害の実態
文春オンラインの報道によれば、カオリさんは2024年9月、急性硬膜下血腫や左上腕骨骨折で救急搬送され、開頭手術を経て昏睡状態となった。3カ月後に意識を取り戻した際、彼女は脳挫傷による記憶喪失に陥っていた。警察の聴取に対し、当初は「転んだだけ」と答え、優しく接する夫を「良い夫だ」と思い込んでいたという。その後、担当弁護士の訪問を機に記憶を取り戻し、激しい暴力の事実を思い出した。
記憶が欠落するほどのDVの痕跡は、LINEのやり取りや複数の誓約書から判明した。牧被告は動画配信者として生計を立てており、カオリさんとの性行為を撮影してネットで販売する「撮影会」を強要していた。文春オンラインは、自宅の壁に「何よりもご奉仕」「ご機嫌取るの優先」といった指示が書かれた紙が貼られていたことや、常に裸でいることを強いられていた実態を伝えている。
「生き残ること」だけを考えた支配下の生活
公判に参加したカオリさんは、身体的、精神的、性的、財産的な被害について2日間にわたり証言した。彼女は「どうすれば生き残れるのか、そのことばかり考えていた」と振り返った。中京テレビNEWS NNNの取材に対し、彼女はDVの後遺症で今もリハビリを続けており、普通の生活が送れない現状を明かした上で、「一生出てくるなと言いたい」と強い憤りを口にした。
支配の手口は巧妙だった。文春オンラインによると、牧被告は「稼げるはずだった金を損失した責任を取れ」と脅し、事実無根の内容で示談書を書かせたり、保険金の受取人を自分に変更して死ねと罵ったりしていた。また、寝るとき以外は電話をつないだままにすることを強要し、外に逃げられないよう監視していたという。

立証の壁となった記憶の空白と殺人未遂の検討
審理は2025年3月の初公判から約1年半に及び、計16回行われた。中日新聞は、この間、検察側がカオリさんに対する「殺人未遂」という罪名を加えるかどうかを検討していたことを報じている。しかし、激しい暴力に起因するとみられる記憶の空白が立証の壁となり、結果として起訴内容に盛り込まれることはなかった。
牧被告はスーツ姿でマスクを着けて出廷し、すべての起訴内容について無罪を主張した。弁護側は、被害者の記憶が曖昧であり信用性がないと論じていた。判決を聞く際、被告は落ち着かない様子で両手を膝の上で動かしていたという。
DV被害を防ぐための周囲の気づきと相談窓口
中京テレビNEWS NNNが引用した元埼玉県警捜査一課の佐々木成三氏によると、DVの被害者は支配下にあるため、自力で逃げ出す余裕がないことが多い。周囲が抱く「小さな違和感」に気づくことが重要だという。具体的には、連日のように大きな声が聞こえる、けがを隠している素振りがあるといった点だ。違和感を見つけた場合は、警察相談ダイヤル「#9110」への相談が推奨されている。
カオリさんは、自分と同じように苦しむ人々へ向けて、「一瞬の隙でもいいからヘルプを周りにしてほしい」と訴えた。愛知県警に寄せられるDV事案の相談・通報件数は、ここ10年で増加傾向にある。これは社会的な認識の広まりに加え、警察が人身安全関連事案としてデータベース化し、事件化させる体制を整えたことが背景にあると佐々木氏は分析している。
今回の判決で懲役13年の実刑が確定した。被害者は2025年4月に離婚しており、今後はリハビリを通じた生活の再建が課題となる。