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テレンス・ドノヴァン 90歳で亡くなる

7月 19, 2026 / nipponese
ジェイソン・ドノヴァンが父テレンス・ドノヴァンの最期を報告

英国ロンドンで生まれ、14歳の時に両親と共にオーストラリアへ移住したテレンス・ドノヴァン氏は、90歳でその生涯を閉じました。俳優として60年以上にわたるキャリアを築いた同氏は、メルボルンのカブリニ病院で、家族に見守られながら土曜日の夜に安らかに息を引き取りました。息子のジェイソン・ドノヴァン氏は、自身の兄弟であるポール氏と共にInstagramを通じ、父の訃報を伝えました。

ジェイソン・ドノヴァンが父テレンス・ドノヴァンの最期を報告

ジェイソン・ドノヴァン氏は、父の最期の日々を支えたカブリニ病院のスタッフに対し、「素晴らしいスタッフ」と感謝の意を表しています。また、家族の声明では「私たちの父は非常に大きなキャラクターで、人生そのもののような人でした。私たちの親友であり、世界のすべてでした」と故人を偲びました。「私たちは父を失ったことに絶望的な悲しみを感じていますが、最後の日々を家族全員で寄り添えたことに慰めを見出しています。父が人生を最大限に生き抜いたことを知っています。人生とは大胆な冒険か、さもなければ何ものでもないのです!」と、父が生前に大切にしていた哲学を引用しながら敬意を表しました。

テレンス・ドノヴァンがネイバーズや刑事ドラマで築いたキャリア

テレンス・ドノヴァン氏のキャリアは多岐にわたります。オーストラリアに移住後、俳優としての活動を始める前は、住宅の塗装職人やトラック運転手として働いていました。歌手としてキャリアをスタートさせた後、1960年代初頭にスクリーンデビューを果たしました。1970年代から1980年代にかけては、オーストラリアの警察ドラマ『Division 4』のミック・ピーターズ刑事役や、『Cop Shop』のヴィック・キャメロン刑事上級巡査役を演じ、広く知られるようになりました。

テレンス・ドノヴァンがネイバーズや刑事ドラマで築いたキャリア
Photo: AOL

特に、長寿番組『ネイバーズ』ではダグ・ウィリス役として500エピソード以上に出演しました。これは、息子のジェイソン・ドノヴァン氏が同番組を去った直後のことでした。また、ドラマ『ホーム・アンド・アウェイ』にもアル・シンプソン役として出演したほか、映画『ブレイカー・モラント』や『スノーウィー・リバーの男』といった著名な作品にも名を連ねました。テレビドラマや映画だけでなく、舞台俳優としても数多くのパフォーマンスを披露した経歴を持っています。

マッドマックス2のシェル・ニルソンが76歳で死去

また、同じくオーストラリアのエンターテインメント界に縁のあった俳優、シェル・ニルソン氏の訃報も伝えられています。76歳で死去したニルソン氏は、1981年の映画『マッドマックス2』(原題:The Road Warrior)で、暴走族のリーダーであるロード・ヒューマンガスを演じたことで世界的な知名度を得ました。1982年、タイム誌の映画評論家リチャード・コーリス氏は、ニルソン氏の演技について「その大きな胸筋の奥で悪意が鼓動し、禿げ上がった傷跡のある頭皮の下で脈打っている」と評しました。

マッドマックス2のシェル・ニルソンが76歳で死去
Photo: SMH

スウェーデンで1949年に生まれたニルソン氏は、オリンピック級の重量挙げ選手として活躍し、1980年にモスクワオリンピックに向けたスウェーデン代表選手を指導するためにオーストラリアへ移住しました。その仕事を通じてオーストラリアの映画産業に関心を持ち、映画界へと転身しました。『マッドマックス2』への出演後は、ミュージカル・コメディ『The Pirate Movie』や、テレビ映画『Man of Letters』、1987年の『The Edge of Power』などに出演しました。

家族のFacebookへの投稿によると、ニルソン氏は4年以上にわたり末期の腎臓病を患い、週に3回の透析治療を受けていたといいます。家族は「身体的な自律性の喪失を含む、克服すべき数え切れないほどの戦いに満ちた、長く苦しい旅でした」と振り返りつつ、7月2日にクイーンズランド州で息子たちに囲まれて安らかに眠りについたことを報告しました。家族は「亡くなる前の数日間は、喜び、感謝、平和、そして受容に満ちていました。彼は彼自身のやり方で人生を全うしました」と述べています。