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2025-12-08 13:35:00
アサド大統領はいかにして権力の掌握を失ったのか日本時間13時16分に公開
13:16 GMT
画像出典、ロイター
都市が次々と反政府勢力の進撃に陥り、バシャール・アル・アサド氏の権力の座からの追放は世界にとって驚きとなった。
2000年に政権を握って以来、アサド氏は父ハーフェズ氏が亡くなる前にそうしたのと同じように、鉄拳でシリアを統治してきた。
2011年、彼が平和的な抗議活動を暴力的に弾圧した後、内戦が国を荒廃させ、数百万人の難民が世界中に散らばった。
しかし、10年間の不安の後、急速な蜂起で彼は権力の掌握を失った。
過激派組織ハヤット・タハリール・アル・シャーム(HTS)に率いられた反政府勢力は、ほとんど抵抗することなくまず国内第二の都市アレッポを制圧した。次にハマが訪れ、数日後にはホムス島の重要な拠点となった。
彼らの進歩のニュースが広まるにつれ、反乱同盟軍も国の東部と南部からも蜂起を開始し、四方八方からの攻撃により首都ダマスカスは孤立した。
倒れた指導者とその家族は、彼の政権の同盟国であるロシアに逃亡し、現在もそこに留まっている。
次回の投稿では、アサド政権崩壊までの日々を詳しく見ていきます。
#シリアアサド政権の劇的な崩壊から1年を迎える