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米中首脳会談の成果文書から「日本」の記載が除外され、安全保障に課題

9月23日から25日にかけて行われた米中首脳会談の成果文書から「日本」の名が除外されたことが、ホワイトハウスおよび中国側の公表資料で判明した。. 米中首脳会談の成果文書から「日本」が消えた背景 9月23日から25日まで、中国の習近平国家主席が国賓として米国を訪問した。5月のドナルド・トランプ大統領による訪中に続き、年内2度目となる米中首脳会談である。会談後、米ホワイトハウスはファクトシートを、中国側は「八点成果共識」を公表した。両文書のどこにも「日本」の名はない。だが、日本の安全保障や将来の国際的な立ち位置を考えるうえで看過できない記述は、随所にある。 第2次世界大戦の歴史認識をめぐる米中両国の動き なかでも注目されるのは、米側文書に「米国と中国は第2次世界大戦で同盟国であり、肩を並べて戦って勝利した」と記されたことである。トランプ大統領も歓迎行事で、第2次大戦で米中が同盟国として戦った歴史に言及した。一方、習主席は24日の晩餐会で、中国と米国の人民が「日本軍国主義の侵略者」と戦ったとの歴史認識を改めて示した。 米国側の公式文書における表現と外交的解釈 米国側の公式文書が、習主席のいう「日本軍国主義の侵略者」という表現そのものを採用したわけではない。したがって、米国が中国の対日歴史認識をそのまま追認したとまで断定するのは正確ではない。しかし、現在の日中関係が厳しさを増す中で、米中両国が第2次世界大戦で「同盟国として共に戦った」という歴史をあえて現在の米中関係を語る材料として持ち出したことについて、日本として無関心でいてよいとは思えない。 歴史的事実と中国の国家・民族の歴史認識の相違 歴史を厳密に言えば、第2次世界大戦当時、中国を国際的に代表していた政府は、蒋介石率いる中華民国政府だった。現在の中華人民共和国が成立したのは1949年で、第2次大戦終結後である。もちろん中国共産党も抗日戦に参加しており、中国側には「中国」という国家・民族の歴史として連続的に捉える論理がある。それでも、この歴史叙述が今日の台湾問題や「戦後秩序」をめぐる中国の主張と結びつけて使われる可能性について、日本は注意深く見ておく必要がある。 日米同盟と米中の「戦略的安定」がもたらす課題 米側文書には同時に、米軍の前方プレゼンスが第2次世界大戦後、「自由で開かれたインド太平洋」を維持してきたとも記されている。これは日本を含む米国の同盟網の意義を示したものと読むこともできる。したがって今回の文書をもって、米国が日本より中国を選んだと断じるのも早計である。問題はむしろ、米国が日米同盟を維持しながら、一方で中国との「戦略的安定」を新たな外交成果として位置づけ始めていることである。 今後の日米関係とインド太平洋における安全保障の見通し AIや半導体、重要鉱物まで交渉材料になる時代、軍事力だけでなく産業・科学技術力が安全保障を左右する。日米同盟の強固な維持が叫ばれる一方で、米中間の新たな枠組みや歴史認識の共有がどのように実際の防衛政策や外交方針に波及していくのか。日本政府は、変化する国際秩序の中で独自の国益をいかに守り抜くかという困難な課題に直面し続けている。

米中首脳会談の成果文書から「日本」の記載が除外され、安全保障に課題

9月23日から25日にかけて行われた米中首脳会談の成果文書から「日本」の名が除外されたことが、ホワイトハウスおよび中国側の公表資料で判明した。.

米中首脳会談の成果文書から「日本」が消えた背景

9月23日から25日まで、中国の習近平国家主席が国賓として米国を訪問した。5月のドナルド・トランプ大統領による訪中に続き、年内2度目となる米中首脳会談である。会談後、米ホワイトハウスはファクトシートを、中国側は「八点成果共識」を公表した。両文書のどこにも「日本」の名はない。だが、日本の安全保障や将来の国際的な立ち位置を考えるうえで看過できない記述は、随所にある。

第2次世界大戦の歴史認識をめぐる米中両国の動き

なかでも注目されるのは、米側文書に「米国と中国は第2次世界大戦で同盟国であり、肩を並べて戦って勝利した」と記されたことである。トランプ大統領も歓迎行事で、第2次大戦で米中が同盟国として戦った歴史に言及した。一方、習主席は24日の晩餐会で、中国と米国の人民が「日本軍国主義の侵略者」と戦ったとの歴史認識を改めて示した。

米国側の公式文書における表現と外交的解釈

米国側の公式文書が、習主席のいう「日本軍国主義の侵略者」という表現そのものを採用したわけではない。したがって、米国が中国の対日歴史認識をそのまま追認したとまで断定するのは正確ではない。しかし、現在の日中関係が厳しさを増す中で、米中両国が第2次世界大戦で「同盟国として共に戦った」という歴史をあえて現在の米中関係を語る材料として持ち出したことについて、日本として無関心でいてよいとは思えない。

歴史的事実と中国の国家・民族の歴史認識の相違

歴史を厳密に言えば、第2次世界大戦当時、中国を国際的に代表していた政府は、蒋介石率いる中華民国政府だった。現在の中華人民共和国が成立したのは1949年で、第2次大戦終結後である。もちろん中国共産党も抗日戦に参加しており、中国側には「中国」という国家・民族の歴史として連続的に捉える論理がある。それでも、この歴史叙述が今日の台湾問題や「戦後秩序」をめぐる中国の主張と結びつけて使われる可能性について、日本は注意深く見ておく必要がある。

日米同盟と米中の「戦略的安定」がもたらす課題

米側文書には同時に、米軍の前方プレゼンスが第2次世界大戦後、「自由で開かれたインド太平洋」を維持してきたとも記されている。これは日本を含む米国の同盟網の意義を示したものと読むこともできる。したがって今回の文書をもって、米国が日本より中国を選んだと断じるのも早計である。問題はむしろ、米国が日米同盟を維持しながら、一方で中国との「戦略的安定」を新たな外交成果として位置づけ始めていることである。

今後の日米関係とインド太平洋における安全保障の見通し

AIや半導体、重要鉱物まで交渉材料になる時代、軍事力だけでなく産業・科学技術力が安全保障を左右する。日米同盟の強固な維持が叫ばれる一方で、米中間の新たな枠組みや歴史認識の共有がどのように実際の防衛政策や外交方針に波及していくのか。日本政府は、変化する国際秩序の中で独自の国益をいかに守り抜くかという困難な課題に直面し続けている。

執筆者について: nipponese

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