米軍撤退の背景と合意の経緯
今回の米軍撤退は、2024年にバイデン前大統領の下で合意され、トランプ大統領が実行に移している。米軍は2003年にイラクに侵攻し、フセイン元大統領の独裁政権を打倒した。その後イラクを占領してシーア派主導の政権を樹立し、反政府武装勢力との戦闘を何年も続けた末、2011年末に撤退した。それから3年もたたないうちに米軍はイラクに戻り、2014年から2017年にかけての大規模な戦争で、過激派組織「イスラム国」(IS)の打倒に向けイラク軍を支援した。「イラクの自由作戦」で死亡した米国人は、同じ時期にアフガニスタンで行われた戦争の約2倍に上った。
イラクの安全保障専門家は、イランと有力な同盟勢力が今後、自由に活動できるようになる恐れがあると指摘する。親イランのイスラム教シーア派武装組織を専門に研究するイラクの安全保障アナリスト、ジャシム・バハドリ氏は「有志連合が撤退すれば、長年イラクでイランの影響力への対抗勢力となってきた軍事的存在がいなくなる。このためイランは戦略的な利益を得るだろう」と述べた。同氏は、親イラン民兵組織が米軍の撤退を自らの勝利として宣伝するだけでなく、「その勢いを安全保障や政治の意思決定への影響力拡大につなげようとする」と予測している。イランが支援する武装勢力の連合体「イラクのイスラム抵抗運動」のヤシリ司令官は、「米軍撤退はイラクのイスラム抵抗勢力和誇り高きイラク国民にとって歴史的な勝利であり、米国の計画にとって壊滅的な敗北だ」と述べた。
イラン側が示す歓迎の姿勢と狙い
中東全域から米軍を撤退させることが最終目標だとするイランは、イラクからの米軍撤退を「抵抗の枢軸」の勝利だと主張している。イラン国会国家安全保障委員会のハヤトモガダム副委員長は28日、米軍がイラクと中東地域から撤退すれば「イラクに永続的な安全が訪れる」と述べた。イラン国会の通信社に対し、「イランはイラクからの米軍撤退を歓迎し、間違いなく支持する」と語った上で、「抵抗勢力は現在も行動しており、時に米軍を標的として対峙している」と強調した。
イラク国内で高まる準備不足への懸念
米軍の撤退はイラク国民の間で広く支持されているが、親イラン勢力を懸念する人々からは時期尚早との声も聞かれる。反米抵抗運動の拠点だったファルージャのスンニ派部族指導者アブドルラフマン・ゾバイ氏は「イラクには現時点で、治安維持を引き継ぐ準備がまだ十分に整っていない」と述べた。「全てのイラク国民が完全な主権を望んでおり、異論を唱える国民はいない。しかし米国主導の有志連合がこのような形で撤退し空白を生むことこそ、全ての国民が恐れていることだ」と語り、急激な撤退による治安上の空白を危惧している。
イスラム国(IS)復活と治安の隙
イラクの連邦政府と北部クルド自治地域の治安当局者の一部は、米軍撤退でISの戦闘員が息を吹き返す恐れがあると指摘する。クルド人部隊のバルザニ司令官は、米軍による情報提供や後方支援、無人機(ドローン)がなくなれば、ISが態勢を立て直す機会を得ると警鐘を鳴らした。イラク治安部隊によると、ISの一派とみられる組織が、米軍撤退に合わせて自爆攻撃を準備していた。治安・軍当局筋はこの計画について、同組織が依然として治安の隙を突く能力を持つとの懸念が浮き彫りになったと述べた。石油産業の中心地である北部キルクークの治安当局高官ハリド・バヤティ氏は「ISは依然として強大で、流血を伴う攻撃を実行できるというメッセージを発しようとしている」と話している。
今後の展望と安全保障上の課題
米軍の完全撤退に伴い、イラク国内のパワーバランスは大きな転換点を迎えている。親イラン勢力が政治や安全保障への関与を強める一方、治安維持能力の未熟さやISなどの残党勢力が残す脅威に対する懸念は拭えていない。有志連合の軍事的存在が消滅した後のイラクで、政府が自国の主権と安定をどのように維持していくのか、地域全体の安定を揺るがす重大な局面が続いている。