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グーグルで約3000万円を稼ぐ私は、「お金で幸福は買える」と断言できる。それが人生の現実だ | Business Insider Japan

2019年時点で、年収は9万ドル(約1350万円)になっていた。そして今、私はすべてひっくるめて、年間20万ドル(約3000万円)を稼いでいる。お金が増えて、私は本当に幸せになった。最初の収入は、ニューヨーク暮らしには少なすぎたニューヨークに引っ越ししたとき、ルームメイトがふたりいて、およそ1250ドルの家賃から学生ローンの返済、そして日常品にいたるまで、厳しいやりくりが続いた。私の給料では自分の請求書をカバーするのがやっとで、ニューヨークでの暮らしをまかなう方法を見つけるのに必死だった。私は初めから、最初の仕事はもっと高給な仕事への踏み石とみなしていた。パーソナルファイナンスのコースを多く受講した私はエレベスト(Ellevest)のパーソナルファイナンスのコースを受講し、ミートアップ(Meetup)で見つけたイベントにも参加した。金融に関する原則を学び、予期しない出費に備えて予算計画を立て、自分のお金を管理する方法を磨いた。定期的な請求書、生活防衛資金、毎日の出費など、さまざまな費用のためにそれぞれ現金口座を設けた。お金でリスクを冒す気にはなれなかったため、初めのうちは株式や401(k)への投資を先延ばしにした。24歳になって、ようやく経済的な基盤ができたと思い、収入の5%を401(k)に投資し始めた。市場に投資することの利点を、私は理解し始めた。収入が増えるにつれて、401(k)への拠出額を増やし、ほかの口座にも投資を始めた。お金にはいつもストレスを感じていた家族は私のことを誇りに思っていてくれたし、私はニューヨークで暮らして働くという多くの人の夢も実現したのだが、それでもいつか仕事で失敗して全財産を失うのではないかという不安に縛られていた。セッションアシスタントの仕事を2年続け、年収は4万2000ドル(約630万円)に増えていた。2015年、家族に緊急事態が発生し、私は2年間仕事を離れることになった。職場復帰できる状況が整ったとき、私はニューヨークに戻ったが、医療業界での仕事を中断して、方向転換することに決めた。キャリアアップのために投資をした私はファッション・インスティテュート・オブ・デザイン・アンド・マーチャンダイジング(the Fashion Institute of Design and Merchandising)の準学士過程に入学し、美容業界のマーチャンダイジングとマーケティングを学んだ。学費は3万ドル(約450万円)だった。この学位を得るために、学生ローンをさらに増やすことになった。2017年、私は消費者向け製品に関係する仕事に就き、5万700ドル(約760万円)の年収を得た。その会社で2年間働いたあと、私はもっと支払いのいい仕事を探すことにした。ジェネラル・アッセンブリー(General Assembly)でデータサイエンスのコースを履修し、データの利用法や分析法、あるいはそこから洞察を得る方法を学んだ。コース費用は4000ドル(約60万円)だったが、前の会社の授業料補償制度を用いて支払った。2019年には、ブラックロック(BlackRock)にデータアナリストとして就職し、年収は前の仕事の倍になった。私は自分のことを誇りに思ったが、職と資産を失う不安はなくならなかった。2021年、グーグル(Google)に転職し、年収がふたたび増加した。これで私の経済状況は根本的に変わった。そして、私の幸福度も。高収入の仕事には、心の安らぎがついてくるGoogleで働き始めたころの基本給は13万2000ドル(約1980万円)だった。私は初めて、経済的に安定したと感じた。どんな障害が現れても、充分お金があると思えた。2024年、健康問題に直面したが、健康保険に加入していたし、貯金もあったので、借金をすることなく治療費を支払うことができた。治療費は合計して6万ドル(約900万円)——今の収入と福利厚生がなければ、決して支払えなかっただろう。収入が6桁になってお金との向き合い方が変わったが、その変化はゆっくりだった社会経済的に恵まれない環境で育った人は、本当は必要なものを贅沢とみなすことに慣れてしまう。たとえば、1年に1回の歯の検診などだ。私も、そうしたものは必要ないと自分に言い聞かせた。手元のお金で可能な限り長くやっていかなければならないと思っていたからだ。自分の金銭感覚を再定義するのには、時間がかかった。30歳になってようやく、私はお金との関わり方が理解できたと感じた。自分で自分の環境を築き、自分が育ったのとはまったく違う生活を送っていけると思えた。私の経験では、収入が増えるほど仕事のストレスは減る収入が少なかったころ、私は会社にとって欠かせない存在と認められるために、完璧に仕事をこなさなければならないと感じていた。今も仕事を失いたくはないが、もし失ったとしても、しばらくやっていける余裕がある。ストレスが減るもうひとつの理由は、お金に関する私自身の考え方がより平穏になったことだ。今は、お金に悩む女性のサポートに情熱を注いでいる私は友人からお金に関するアドバイスを求められる人物になったので、オンライン・コミュニティを開いて、お金に悩んでいる女性たちをサポートすることにした。お金に関して自分が学んできたことを生かして、ほかの人々にも、お金に関してよりよい決断を下してもらいたいと思っている。誰かがお金で幸せは買えないと言うと、私はその人に同意できないと伝え、医療、安全な住居、趣味を楽しむ余裕、健全な範囲でリスクを取る能力のすべてが、健康と幸せに通じると説明する。もし医師に診てもらうことができないなら、車の修理をする余裕がなければ、私が世の中に出ていく能力が、直接的に損なわれてしまう。私の頭のなかでは、快適で生産的な暮らしを送るチャンスを手に入れたいなら、たくさんのお金が必要だ、という声がいつも響いている。私にとっては、それが人生の現実だ。元グーグル社員は40歳の金曜日にFIREして、月曜日にはもう後悔していた | Business Insider Japan #グーグルで約3000万円を稼ぐ私はお金で幸福は買えると断言できるそれが人生の現実だ #Business #Insider #Japan

グーグルで約3000万円を稼ぐ私は、「お金で幸福は買える」と断言できる。それが人生の現実だ | Business Insider Japan

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2025-11-30 02:30:00

2019年時点で、年収は9万ドル(約1350万円)になっていた。そして今、私はすべてひっくるめて、年間20万ドル(約3000万円)を稼いでいる。お金が増えて、私は本当に幸せになった。

最初の収入は、ニューヨーク暮らしには少なすぎた

ニューヨークに引っ越ししたとき、ルームメイトがふたりいて、およそ1250ドルの家賃から学生ローンの返済、そして日常品にいたるまで、厳しいやりくりが続いた。

私の給料では自分の請求書をカバーするのがやっとで、ニューヨークでの暮らしをまかなう方法を見つけるのに必死だった。私は初めから、最初の仕事はもっと高給な仕事への踏み石とみなしていた。

パーソナルファイナンスのコースを多く受講した

私はエレベスト(Ellevest)のパーソナルファイナンスのコースを受講し、ミートアップ(Meetup)で見つけたイベントにも参加した。金融に関する原則を学び、予期しない出費に備えて予算計画を立て、自分のお金を管理する方法を磨いた。定期的な請求書、生活防衛資金、毎日の出費など、さまざまな費用のためにそれぞれ現金口座を設けた。

お金でリスクを冒す気にはなれなかったため、初めのうちは株式や401(k)への投資を先延ばしにした。24歳になって、ようやく経済的な基盤ができたと思い、収入の5%を401(k)に投資し始めた。

市場に投資することの利点を、私は理解し始めた。収入が増えるにつれて、401(k)への拠出額を増やし、ほかの口座にも投資を始めた。

お金にはいつもストレスを感じていた

家族は私のことを誇りに思っていてくれたし、私はニューヨークで暮らして働くという多くの人の夢も実現したのだが、それでもいつか仕事で失敗して全財産を失うのではないかという不安に縛られていた。

セッションアシスタントの仕事を2年続け、年収は4万2000ドル(約630万円)に増えていた。2015年、家族に緊急事態が発生し、私は2年間仕事を離れることになった。職場復帰できる状況が整ったとき、私はニューヨークに戻ったが、医療業界での仕事を中断して、方向転換することに決めた。

キャリアアップのために投資をした

私はファッション・インスティテュート・オブ・デザイン・アンド・マーチャンダイジング(the Fashion Institute of Design and Merchandising)の準学士過程に入学し、美容業界のマーチャンダイジングとマーケティングを学んだ。学費は3万ドル(約450万円)だった。この学位を得るために、学生ローンをさらに増やすことになった。

2017年、私は消費者向け製品に関係する仕事に就き、5万700ドル(約760万円)の年収を得た。その会社で2年間働いたあと、私はもっと支払いのいい仕事を探すことにした。

ジェネラル・アッセンブリー(General Assembly)でデータサイエンスのコースを履修し、データの利用法や分析法、あるいはそこから洞察を得る方法を学んだ。コース費用は4000ドル(約60万円)だったが、前の会社の授業料補償制度を用いて支払った。

2019年には、ブラックロック(BlackRock)にデータアナリストとして就職し、年収は前の仕事の倍になった。私は自分のことを誇りに思ったが、職と資産を失う不安はなくならなかった。

2021年、グーグル(Google)に転職し、年収がふたたび増加した。これで私の経済状況は根本的に変わった。そして、私の幸福度も。

高収入の仕事には、心の安らぎがついてくる

Googleで働き始めたころの基本給は13万2000ドル(約1980万円)だった。私は初めて、経済的に安定したと感じた。どんな障害が現れても、充分お金があると思えた。

2024年、健康問題に直面したが、健康保険に加入していたし、貯金もあったので、借金をすることなく治療費を支払うことができた。治療費は合計して6万ドル(約900万円)——今の収入と福利厚生がなければ、決して支払えなかっただろう。

収入が6桁になってお金との向き合い方が変わったが、その変化はゆっくりだった
社会経済的に恵まれない環境で育った人は、本当は必要なものを贅沢とみなすことに慣れてしまう。たとえば、1年に1回の歯の検診などだ。私も、そうしたものは必要ないと自分に言い聞かせた。手元のお金で可能な限り長くやっていかなければならないと思っていたからだ。

自分の金銭感覚を再定義するのには、時間がかかった。30歳になってようやく、私はお金との関わり方が理解できたと感じた。自分で自分の環境を築き、自分が育ったのとはまったく違う生活を送っていけると思えた。

私の経験では、収入が増えるほど仕事のストレスは減る

収入が少なかったころ、私は会社にとって欠かせない存在と認められるために、完璧に仕事をこなさなければならないと感じていた。今も仕事を失いたくはないが、もし失ったとしても、しばらくやっていける余裕がある。

ストレスが減るもうひとつの理由は、お金に関する私自身の考え方がより平穏になったことだ。

今は、お金に悩む女性のサポートに情熱を注いでいる

私は友人からお金に関するアドバイスを求められる人物になったので、オンライン・コミュニティを開いて、お金に悩んでいる女性たちをサポートすることにした。お金に関して自分が学んできたことを生かして、ほかの人々にも、お金に関してよりよい決断を下してもらいたいと思っている。

誰かがお金で幸せは買えないと言うと、私はその人に同意できないと伝え、医療、安全な住居、趣味を楽しむ余裕、健全な範囲でリスクを取る能力のすべてが、健康と幸せに通じると説明する。もし医師に診てもらうことができないなら、車の修理をする余裕がなければ、私が世の中に出ていく能力が、直接的に損なわれてしまう。

私の頭のなかでは、快適で生産的な暮らしを送るチャンスを手に入れたいなら、たくさんのお金が必要だ、という声がいつも響いている。私にとっては、それが人生の現実だ。

元グーグル社員は40歳の金曜日にFIREして、月曜日にはもう後悔していた | Business Insider Japan

#グーグルで約3000万円を稼ぐ私はお金で幸福は買えると断言できるそれが人生の現実だ #Business #Insider #Japan

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