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2025-06-09 02:00:00
顧客や社会から選ばれる企業になれるかどうかは、顧客にとって魅力的で良質な経験価値、「CX(カスタマー・エクスペリエンス)」をどれほど提供できるかにかかっている。
その企業が特別な存在になるには、市場ニーズを先取りした価値を提案し、どのタッチポイントでも一貫した体験を提供しなければならないが、専門性の高い各部署の足並みをそろえるのは容易ではない。
しかし、大正元年創業の老舗キャンディメーカーであるカンロは、インフォバーンのサポートを受けながらCX志向の組織づくりを進め、着実に成果をあげているという。イノベーションとコミュニケーション、そして組織文化のデザインによって企業を支援するインフォバーンはどんなCX戦略を提案し、カンロはどのように推進しているのか。
7月24日に開催されたインフォバーンのクローズドセミナー「『よい顧客体験』をどう創るか? CX戦略を推進する組織のつくり方」で、カンロ常務執行役員マーケティング本部長の内山妙子氏、インフォバーン代表取締役社長の田中準也氏、同社取締役副社長デザインストラテジストの井登友一氏が語った真のCXを実現するヒントをレポートする。
CXを共通言語とする部門の枠を越えた組織体づくり
いま多くの企業がCXの重要性を認識し、さまざまな課題に取り組んでいる。それにもかかわらず、なかなか成果が出ないという企業は、市場ニーズへの安易な迎合や表面的な問題解決に終始しているのではないだろうか。その場その場で要望に応えていくやり方では、顧客満足は長続きしない。CXの本質について、インフォバーン井登氏はこう語る。
「社会や顧客から選ばれる存在になるには、ニーズを先取りした価値を提案し、どのタッチポイントでもそのブランドらしさが感じられる一貫した体験を提供すること。包括的なブランド体験が形成されていけば、簡単に模倣されることはなくなり、『このブランドでなければ』という魔法のような力が生まれる」
ここでCXを正しく理解するために、UXとの違いを整理しておこう。UXという概念が「企業とそのサービス・製品とのインタラクションのあらゆる側面を包含するもの」であるのに対し、CXは「ユーザーが長期にわたって組織と接するインタラクションの総体を示すもの」。
ユーザビリティやビジュアルの印象など実務的な部分にフォーカスしたのがUXで、カスタマーサービスや企業・ブランド全体の領域など、より広範囲にわたるホリスティックな顧客体験と提案範囲を扱うのがCX。つまり、UXはCXの一部でしかないということだ。
CXは企業全体に関わることであり、マーケティング、コーポレートコミュニケーション、製品企画などの部門を横断・連動しながら顧客にとっての価値を考える必要がある。部門の枠を越え、CXを共通言語とする価値づくりを検討・実行する組織体がなければ、成果につながる本来のCXは実現しないのだ。
次に、カンロが実際にどのようなCXの取り組みをしてきたのかを見てみよう。

パーパスを「”Sweeten the Future” 心がひとつぶ、大きくなる。」に変更
デザイナーとしてカンロに入社し、マーケティング部でキャリアを重ねた内山氏は、「カンロ飴」という企業名を背負ったプロダクトブランドを担当した時に初めて、“企業ブランド” を意識したという。同社には「ピュレグミ」や「金のミルク」など人気商品がたくさんあるが、その多くはカンロ製品だと認知されていないことに気づき、「企業ブランドとプロダクトブランドの距離」を感じたそうだ。
また、ポップでかわいいピュレグミに対し、歴史あるカンロの「企業イメージ」は、若者に「ちょっとダサい」印象を与えかねず、そのギャップも気がかりだった。
加えてキャンディという特性上、最初から何を買うかを決めている人はまれで、売り場の前に立った3秒で勝負が決まってしまう。「カンロの商品なら安心でおいしい」と信頼してくれる「ファンづくり」をしなければ、選ばれ続けることは難しいということだ。
内山氏はこうした課題を感じたことからCXの重要性を強く意識するようになり、ホリスティックで一貫したブランド体験を目指して取り組みを開始した。その代表的な事例が、「直営店」「新CI導入&パーパス策定」「コミュニティ」だ。

1つ目の直営店「ヒトツブカンロ」は、東京駅構内にあるグランスタ東京と東急プラザ原宿ハラカドに構えた2店舗で、老舗のカンロがかわいい店を出したという認知獲得とともに、「キャンディをギフトにする」ことでキャンディ自体の価値向上も図った。
2つ目は、カンロのイメージを確固たるものにするために新CIを導入。2017年から使用する「Sweeten the Future」には当初「糖から未来をつくる。」という日本語が添えられていたが、よりメッセージ性の強い「心がひとつぶ、大きくなる。」に昨年パーパスを変更した。
そして3つ目のコミュニティは、顧客とより強い絆を結ぶため、ことし7月から原宿に「カンロポケットラボ」を設置。ファンミーティングやライブ配信などのテストランを開始している。
直営店のヒトツブカンロは、内山氏が「めちゃくちゃ売れています」と即答するほど好調で、大成功を収めている。新しいパーパスも目指す方向性が明確になったと社内でも好評で、ファンとのコミュニティ形成にも光明を感じているようだ。
これらの取り組みはどれも一定の成果は出ているが、若者の飴離れという課題は根強く残る。以前からZ世代へのアプローチをしてきたが、施策によって一時的に上がっても、その後続かないことが悩みの種だった。「飴をなめる文化」を次世代へブリッジさせるため、インフォバーンのサポートを受けたカンロはどのようなCXスキームを採用し、この課題に挑んでいるのだろうか。
集団で最高CX責任者を担う「CCXOコレクティブ」
2024年2月に参画したインフォバーンが最初に手がけたのは、部門横断でCXコアチームを結成する「ステアリングコミッティ組成」だった。CXに関してさまざまな部署のいろいろな視点から考えていける会議体を組織するため、マーケティング、コーポレートコミュニケーション、海外事業など複数のチームからキーパーソンを集めると同時に、社長をはじめとする経営層にもバックアップを依頼した。
隔週で運営されるこの会議体では、コアチームを中心に、テーマごとにメンバーの入れ替えもおこないながら「最適なCX実現のための重要課題の設定」を進めていく。たくさんある課題から絞り込む際のポイントは、半年・1年というスパンで解決すべきこと、達成時のインパクトが大きいもの。
そして中期経営計画の策定時期などスケジュールも考慮しながら、半年や1年後にどういう状態になっていればいいかという解決・達成状態の仮説を立て、大きなアクションの方向性を設定する。
こうして決まった重要課題は「プロジェクト化」され、個々の分科会で具体的施策の立案・実行を開始。ここに各部署の現場からメンバーが加わり、細かいToDoに落とし込むのが「隔週のモニタリングと問題解決アクションの策定」にあたる。分科会内は常時オンラインのコミュニケーションツールで進捗共有をしていくが、壁にぶち当たってしまったときにはインフォバーンがフォローに入る体制が整っている。
井登氏は、「我々の役割は専門的なアドバイスというより、会議体のファシリテーターとプロジェクトマネジメントオフィス(PMO)役としてマーケティングや製品開発、ブランドデザインを主軸とする『CXのよろず相談』を請け負うことで、課題が常に前へ前へと進んでいく体制を支援することだ」と話す。
インフォバーンは会議以外にもツール内でのやりとりをリアルタイムでチェックしており、アイデアの引き出しやリマインド、そしてワークショップの開催や役員へのインタビューなど、そのサポートは多岐にわたる。

こうした顧客を起点にプロジェクトを前へ動かす組織と仕組みづくりのことをインフォバーンでは「CCXOコレクティブ」と呼んでいる。CMOやCDOなどと異なり、最高CX責任者を意味するCCXO(Chief Customer eXperience Officer)の管轄領域はかなり広い。
全部門を横断するため、すべての領域を知り尽くしている人がふさわしいが、そんなスーパーマンのような人がいないのであれば、協働体(コレクティブ)のような集団で最高CX責任者の役割を担おうという試みだ。カンロでの取り組みは、まさにこのCCXOコレクティブ方式を実践していることになる。
メンバーが徐々に全社的視点で物事を見られるように
カンロとインフォバーンによる協働的CXチームがスタートして半年経ったいま、組織を運営するうえで、内山氏が特に重要だと感じているのは、「パーパスの浸透」と「コミュニケーション」だ。
「心がひとつぶ、大きくなる。」というパーパスを浸透させるため、コーポレートコミュニケーション部門が中心となってインナーコミュニケーションに努め、各部門の目標設定に取り組むほか、社長が社外で発言する際にもパーパスから語ってもらうほどの徹底ぶり。井登氏とともにカンロの役員一人ひとりにインタビューした田中氏は、「最初はこのパーパスにやや否定的だった役員の方も、いまでは心から納得し、ポジティブに語られていることが印象的だった」と振り返る。
そして、コミュニケーションに関しては、他部門のメンバーが集まる会議体であるからこそ、いつでもなんでも聞ける心理的安全性と透明性を担保することと、巻き込むことを内山氏は意識しているそうだ。なかにはリアル会議ではほとんど発言しなくても、オンラインのツールであれば積極的に発信する人がいるので、情報共有ツールを整えておくこともCXデザインの組織運営には欠かせないことがわかる。
また、ワークショップも部門間の潤滑油として一役買っている。サイロ型だった組織を一気通貫させたことで、参加メンバーが徐々に全社的視点で物事を見られるようになり、ほかブランドの施策や打ち出し方を知ることで、限られた広告宣伝費をいつどこに使えば効果的かというこれまでになかった視点も芽生えてきているという。
こうしてインフォバーンが伴走するスキームが好循環を生み出していることについて、内山氏は「常に同じ目線で的確な判断をしてくれる、よろず相談先があるのは本当にありがたい」とCXを起点とする組織運営に手応えを感じているようだ。
『ONE PIECE』のようなCX組織を目指して
セミナー参加者から「組織やプロジェクトが正しく進んでいるかを判断する基準」について問われると、井登氏は「チーム内でイメージを共有し、大きくズレていないのであれば、前へ動かすことに主眼を置けばよい」、大事なのは組織の動きを止めず常にアクティブな状態にしておくことで「100のうち、20でも30でもできていれば、以前と比べれば大きな進歩で、理想的なCXに少しずつ近づいている」とアドバイス。
それを受けて内山氏は、前に田中氏から聞いた「CXデザインを推進する組織は(ジャンプ漫画の)『ONE PIECE』みたいだ」という言葉を紹介した。兵士が100人いるわけでなく、兵士のほかに僧侶やコックなど個性豊かな人たちが同じ船に乗っている。同じパーパスに向かって、それぞれの専門性を互いにリスペクトし合いながら進んでいくことが理想の姿だと考えて、事あるごとにONE PIECEを思い出しているそうだ。
CCXOコレクティブは組織プレーの上手い日本企業に合うスキームで、個々のメンバーが自律的に動くようになれば、ひとりのCCXOを置くよりも大きな効果が期待できるのではないか。田中氏はその可能性に触れて、イベントを締めくくった。

内山妙子:カンロ株式会社 常務執行役員 マーケティング本部長
1991年デザイナー職でカンロに入社。その後マーケティング業務に従事する傍ら直営店「ヒトツブカンロ」の立ち上げや40年ぶりとなる新CI導入に参画。2018年執行役員 コーポレートコミュニケーション本部長に就任。広報・直営店・カスタマーセンターを管掌。コロナ禍で直営店が困窮し急遽立ち上げたECをきっかけにカンロのデジタルマーケティングを推進。その後新設されたデジタルコマース事業本部の本部長兼務。2024年マーケティング本部長就任 現在に至る。
井登友一:株式会社インフォバーン 取締役副社長 デザインストラテジスト
デザインコンサルティング企業においてUXデザインの専門事業立ち上げに参画後、2011年に株式会社インフォバーンに入社。UXデザイン/サービスデザインを中心としたイノベーションデザイン支援事業部門を創設し、クライアント企業の製品開発・新規事業創出に従事。2023年より組織文化デザインに特化した事業部門を立ち上げ、ゼネラルマネージャーを兼任。著書に、『サービスデザイン思考―「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』(NTT出版、2022年)がある。京都大学経営管理大学院博士後期課程修了。博士(経営科学)。 HCD-Net(特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構)副理事長、日本プロジェクトマネジメント協会 認定プロジェクトマネジメントスペシャリスト。
田中準也:株式会社インフォバーン 代表取締役社長1990年クレディセゾン入社。その後ジェイアール東日本企画、電通、トランスコスモス、メトロアドエージェンシー、電通レイザーフィッシュを経て、2015年インフォバーン入社。2017年に取締役に就任したのち、2021年より現職。2022年に書籍『ガンダムでわかる現代ビジネス Gundam Meets Business』(共著)を上梓。一般社団法人マーケターキャリア協会・代表理事、公益社団法人デジタルマーケティング研究機構・幹事、Advertising Week Asia・アドバイザリーカウンシル、産業能率大学・兼任教員など、マーケティング領域において多方面で活躍中。
DIGIDAYより転載(2024年9月12日公開の記事)
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