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無計画にリタイヤした私は、現在87歳だが約2億円の資産がある。退職に思い悩む必要なんてない | Business Insider Japan

リッチ・コロラド氏は現在も週に3回ボウリングをして、チェスも教えている。BI のジェイソン・ヘンリー現在87歳のリッチ・コロラド氏は、退職計画も立てなかったが、22年前の誕生日に退職した。これまで株式に手を出したことは一度もなく、倹約を続け、今では130万ドル(約1億9500万円)以上の貯蓄がある。そんなコロラド氏は、退職について思い悩む必要なんてないと語る。「暴落が近づいている!」と思っても、決して現金化してはいけない。『ウォール街のランダムウォーカー』の著者がアドバイス | Business Insider Japan本エッセイは87歳のリッチ・コロラド氏との会話にもとづいている。コロラド氏は65歳の誕生日に退職した。株式に手を出したことは一度もなく、退職後のための計画も立てなかったが、倹約を続け、今では130万ドル(約1億9500万円)以上の貯蓄がある。同氏はカリフォルニア州の地元で今も週3回はボウリングを楽しみ、チェスも教えている。長さとわかりやすさの観点から編集を加えた。私は株式に投資したことがない。ずっと「CD(譲渡性預金)」という一種の定期預金を行ってきた。利率はおそらく4%から5%ぐらいだと思う。それだけで、努力をしなくてもお金が増え続けている。現金で約75万ドル(約1億1250万円)あり、自宅の価値の60万ドル(約9000万円)がそこに加わる。貯蓄計画を立てなかったのにこんなに貯金があることに、自分でも驚いている。私はエルサルバドル出身で、1946年にアメリカに移住してきた。最初の定職として、1958年にボウリング場で働き始めた。大学には行かなかった。17年にわたって、ボウリング業界で働き続けた。ところがある日職場に着くと、ボウリング場が税金滞納を理由に閉鎖されていたので、その仕事をあきらめざるをえなくなった。妻とともに4人の息子を育ててきた。妻はサンタローザ市の学校で41年間働いた。次に計量器の技術者として働き始めた。この仕事は27年続いた。機械に詳しく、分析にも長けていたので、独学で学んで仕事を覚えて、ある会社に直接おもむいて仕事をさせてほしいと頼んだ。その後その会社から電話がかかってきて、2週間の予定で働きに来てくれと言われた。結果、2週間が過ぎても、私を雇い続けてくれた。最初は「キッチンエイド(Kitchenaid)」ブランドの調理機器の修理をしていたが、その後スーパーマーケットの機械を扱うようになった。最終的には計量器技術者になり、計量器に搭載される電子機器の扱い方を学ぶレッスンも受けた。2002年に退職した。65歳になる前日、上司が私をオフィスに呼び出し、私の仕事がなくなったと告げた。最近では計量器がほとんど壊れなくなった、がその理由だった。私は家に帰り、退職届を書いて、翌日に提出した。リッチ・コロラド氏。BI のジェイソン・ヘンリー数年後、ある従業員が、週1回か2回、午前だけ働きに戻ってこられないかと尋ねてきた。私は、あのときに私を必要としなかったのだから、今も必要ないだろうと答えた。今の自分がやっていることを何ひとつ手放す気になれなかった。退職後も忙しい私は生涯を通じてボウリングをしてきた。今でも、月曜、水曜、金曜の週3回ボウリングをしている。ずっとスリムで、27年間にわたりサッカーもやっていたし、コーチもしてきた。米国サッカー連盟の全国ライセンスをもっている。タバコも吸わないし、酒も飲まない。友人もみんな年寄りだが、そのなかでも、96歳の女性を除けば、私が最年長だ。65歳で退職して、余生の暮らしを始めたころ、まわりのみんなを見て「わあ、老人ばかりじゃないか」と思った。そのみんなが亡くなり、今では私が老人になった。1952年に始めたチェスを、今も教えている。サンタローザの市立学校でチェスを教えたこともある。このときは無料でやるつもりだったが、学校側が報酬を支払うと言って譲らなかった。4人の息子も全員、チェスができる。現在も毎週水曜日に図書館で子供たちに教えている。リッチ・コロラド氏。BI のジェイソン・ヘンリーHTMLの授業など、短期大学で退職者向けの無料授業も受講した。ギターのレッスンも受けた。今も執筆と映画の授業を受けている。ピアノの授業にも参加していたが、転んだせいで弾けなくなってしまった。最初の授業を受け始めたころ、妻はまだ働いていた。サンディエゴを訪れたことはあるが、それ以外ではあまり旅行をしなかった。外国へ行ったことはない。妻は認知症を患い、この家で暮らし続け、ここで亡くなった。息を引き取る瞬間に立ち会うこともできた。妻を恋しく思う。ときどきソファのほうに目をやるが、そこに妻はいない。1969年に1万8200ドル(約273万円)で買ってからずっと同じ家に住み続けている。近所には200軒ほどの家があるが、1969年に買ったときからの住人で今も残っているのは1人か2人程度だろう。私はここで死ぬつもりだ。死ぬ計画を立てる人はいないだろうが、私は考えざるをえない。その日が近づいているからだ。余生の金銭管理退職後にはどれぐらいのお金が必要、などといった話を頻繁に耳にする。だが、私は退職後のための計画を立てなかった。ただなりゆきに身を任せただけで、何をやってきたのか、正確に説明することもできない。ただし、私も妻も倹約家だった。息子たちの大学費用も支払わなかった。みんな自分で何とかした。ひとりの息子の費用を支払おうとしたら、その子は「父さんがこれまで見たことのない額を稼いでいるから大丈夫。そのお金で旅行でもしなよ」と言ってくれた。息子たちは、彼らを育てていたころの私よりも裕福だ。私たち夫婦は、政府による食費支援制度を利用していた。妻が「子供が4人もいるのだから、借家住まいを続けるのは無理」と言ったから、この家を買った。妻は私がほかの場所でもっといい仕事を見つけて、毎月仕送りすることを望んでいた。だが、私はそうしなかった。いざとなれば近くでブドウを摘む仕事をするつもりだった。妻は2003年に買った車に亡くなるまで乗り続けた。走行距離はまだ11万キロちょっとだったので、孫娘に譲った。私は退職後に2003年式のサイオンを現金で買った。飲酒運転した誰かにぶつけられたので、別のサイオンを買い、今もそれに乗っている。現時点で、10万キロメートル弱だ。会社にアイラがあることを知らなかった。401(k)があることも知らなかったが、知ってすぐに15%を拠出した。退職時にわずかなIRAをもらい、それを銀行に預けた。2008年の株価の下落で1万5000ドル(約225万円)が失われた。現金を引き出して、ちょうど開業したばかりの別の銀行に行ってそのお金を預けた。5%の利息がついた。不景気の時期も、そこに預けっぱなしにしていた。銀行は数カ月ごとに新しいCDについて電話してくるが、私はいつも「そんな面倒はごめんだ。5%を下回らない限り、何も動かすな」と言う。また、いくつかの慈善団体に寄付もしている。最近ではたくさんの新設団体が寄付を求めてくるので、いくつかの団体にリストから削除してくれと言わなければならなかった。リッチ・コロラド氏。BI のジェイソン・ヘンリー死んだときに7人の孫たち全員にお金を分配するつもりで、そのための信託も設定した。今月からは、分配を誰にとっても簡単かつ公平にするために、信託を書き直す作業を始めた。子供たちひとりひとりに、確実に15万ドル(約2250万円)ずつ渡せる。税金は年間わずか600ドル(約9万円)なので、家族の誰かが私の家に住むことになるだろう。自分のお金をどう使えばいいのか、私には本当にわからない。誰も教えてくれない。人々は余生を過ごすにはどれぐらいのお金が必要だ、などといった話をするが、私にはすでにじゅうぶんな貯金があって、それを崩す必要もない。今は孫たち全員に、ひとり5000ドル(約75万円)ずつ与えているところだ。私は48歳でFIREして、夫とともに6カ月の旅に出た。25年後、旅はいまだに続いている | Business Insider Japan #無計画にリタイヤした私は現在87歳だが約2億円の資産がある退職に思い悩む必要なんてない #Business #Insider #Japan

無計画にリタイヤした私は、現在87歳だが約2億円の資産がある。退職に思い悩む必要なんてない | Business Insider Japan

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2025-11-23 08:30:00

リッチ・コロラド氏は現在も週に3回ボウリングをして、チェスも教えている。
BI のジェイソン・ヘンリー
  • 現在87歳のリッチ・コロラド氏は、退職計画も立てなかったが、22年前の誕生日に退職した。
  • これまで株式に手を出したことは一度もなく、倹約を続け、今では130万ドル(約1億9500万円)以上の貯蓄がある。
  • そんなコロラド氏は、退職について思い悩む必要なんてないと語る。
「暴落が近づいている!」と思っても、決して現金化してはいけない。『ウォール街のランダムウォーカー』の著者がアドバイス | Business Insider Japan

「暴落が近づいている!」と思っても、決して現金化してはいけない。『ウォール街のランダムウォーカー』の著者がアドバイス | Business Insider Japan

本エッセイは87歳のリッチ・コロラド氏との会話にもとづいている。コロラド氏は65歳の誕生日に退職した。株式に手を出したことは一度もなく、退職後のための計画も立てなかったが、倹約を続け、今では130万ドル(約1億9500万円)以上の貯蓄がある。同氏はカリフォルニア州の地元で今も週3回はボウリングを楽しみ、チェスも教えている。長さとわかりやすさの観点から編集を加えた。

私は株式に投資したことがない。ずっと「CD(譲渡性預金)」という一種の定期預金を行ってきた。利率はおそらく4%から5%ぐらいだと思う。それだけで、努力をしなくてもお金が増え続けている。現金で約75万ドル(約1億1250万円)あり、自宅の価値の60万ドル(約9000万円)がそこに加わる。貯蓄計画を立てなかったのにこんなに貯金があることに、自分でも驚いている。

私はエルサルバドル出身で、1946年にアメリカに移住してきた。最初の定職として、1958年にボウリング場で働き始めた。大学には行かなかった。17年にわたって、ボウリング業界で働き続けた。ところがある日職場に着くと、ボウリング場が税金滞納を理由に閉鎖されていたので、その仕事をあきらめざるをえなくなった。

妻とともに4人の息子を育ててきた。妻はサンタローザ市の学校で41年間働いた。

次に計量器の技術者として働き始めた。この仕事は27年続いた。機械に詳しく、分析にも長けていたので、独学で学んで仕事を覚えて、ある会社に直接おもむいて仕事をさせてほしいと頼んだ。その後その会社から電話がかかってきて、2週間の予定で働きに来てくれと言われた。結果、2週間が過ぎても、私を雇い続けてくれた。

最初は「キッチンエイド(Kitchenaid)」ブランドの調理機器の修理をしていたが、その後スーパーマーケットの機械を扱うようになった。最終的には計量器技術者になり、計量器に搭載される電子機器の扱い方を学ぶレッスンも受けた。

2002年に退職した。65歳になる前日、上司が私をオフィスに呼び出し、私の仕事がなくなったと告げた。最近では計量器がほとんど壊れなくなった、がその理由だった。私は家に帰り、退職届を書いて、翌日に提出した。

リッチ・コロラド氏。
リッチ・コロラド氏。
BI のジェイソン・ヘンリー

数年後、ある従業員が、週1回か2回、午前だけ働きに戻ってこられないかと尋ねてきた。私は、あのときに私を必要としなかったのだから、今も必要ないだろうと答えた。今の自分がやっていることを何ひとつ手放す気になれなかった。

退職後も忙しい

私は生涯を通じてボウリングをしてきた。今でも、月曜、水曜、金曜の週3回ボウリングをしている。ずっとスリムで、27年間にわたりサッカーもやっていたし、コーチもしてきた。米国サッカー連盟の全国ライセンスをもっている。タバコも吸わないし、酒も飲まない。

友人もみんな年寄りだが、そのなかでも、96歳の女性を除けば、私が最年長だ。65歳で退職して、余生の暮らしを始めたころ、まわりのみんなを見て「わあ、老人ばかりじゃないか」と思った。そのみんなが亡くなり、今では私が老人になった。

1952年に始めたチェスを、今も教えている。サンタローザの市立学校でチェスを教えたこともある。このときは無料でやるつもりだったが、学校側が報酬を支払うと言って譲らなかった。4人の息子も全員、チェスができる。現在も毎週水曜日に図書館で子供たちに教えている。

リッチ・コロラド氏。
リッチ・コロラド氏。
BI のジェイソン・ヘンリー

HTMLの授業など、短期大学で退職者向けの無料授業も受講した。ギターのレッスンも受けた。今も執筆と映画の授業を受けている。ピアノの授業にも参加していたが、転んだせいで弾けなくなってしまった。

最初の授業を受け始めたころ、妻はまだ働いていた。サンディエゴを訪れたことはあるが、それ以外ではあまり旅行をしなかった。外国へ行ったことはない。妻は認知症を患い、この家で暮らし続け、ここで亡くなった。息を引き取る瞬間に立ち会うこともできた。妻を恋しく思う。ときどきソファのほうに目をやるが、そこに妻はいない。

1969年に1万8200ドル(約273万円)で買ってからずっと同じ家に住み続けている。近所には200軒ほどの家があるが、1969年に買ったときからの住人で今も残っているのは1人か2人程度だろう。私はここで死ぬつもりだ。死ぬ計画を立てる人はいないだろうが、私は考えざるをえない。その日が近づいているからだ。

余生の金銭管理

退職後にはどれぐらいのお金が必要、などといった話を頻繁に耳にする。だが、私は退職後のための計画を立てなかった。ただなりゆきに身を任せただけで、何をやってきたのか、正確に説明することもできない。ただし、私も妻も倹約家だった。息子たちの大学費用も支払わなかった。みんな自分で何とかした。ひとりの息子の費用を支払おうとしたら、その子は「父さんがこれまで見たことのない額を稼いでいるから大丈夫。そのお金で旅行でもしなよ」と言ってくれた。

息子たちは、彼らを育てていたころの私よりも裕福だ。私たち夫婦は、政府による食費支援制度を利用していた。妻が「子供が4人もいるのだから、借家住まいを続けるのは無理」と言ったから、この家を買った。妻は私がほかの場所でもっといい仕事を見つけて、毎月仕送りすることを望んでいた。だが、私はそうしなかった。いざとなれば近くでブドウを摘む仕事をするつもりだった。

妻は2003年に買った車に亡くなるまで乗り続けた。走行距離はまだ11万キロちょっとだったので、孫娘に譲った。私は退職後に2003年式のサイオンを現金で買った。飲酒運転した誰かにぶつけられたので、別のサイオンを買い、今もそれに乗っている。現時点で、10万キロメートル弱だ。

会社にアイラがあることを知らなかった。401(k)があることも知らなかったが、知ってすぐに15%を拠出した。退職時にわずかなIRAをもらい、それを銀行に預けた。2008年の株価の下落で1万5000ドル(約225万円)が失われた。現金を引き出して、ちょうど開業したばかりの別の銀行に行ってそのお金を預けた。5%の利息がついた。不景気の時期も、そこに預けっぱなしにしていた。

銀行は数カ月ごとに新しいCDについて電話してくるが、私はいつも「そんな面倒はごめんだ。5%を下回らない限り、何も動かすな」と言う。また、いくつかの慈善団体に寄付もしている。最近ではたくさんの新設団体が寄付を求めてくるので、いくつかの団体にリストから削除してくれと言わなければならなかった。

リッチ・コロラド氏。
リッチ・コロラド氏。
BI のジェイソン・ヘンリー

死んだときに7人の孫たち全員にお金を分配するつもりで、そのための信託も設定した。今月からは、分配を誰にとっても簡単かつ公平にするために、信託を書き直す作業を始めた。子供たちひとりひとりに、確実に15万ドル(約2250万円)ずつ渡せる。税金は年間わずか600ドル(約9万円)なので、家族の誰かが私の家に住むことになるだろう。

自分のお金をどう使えばいいのか、私には本当にわからない。誰も教えてくれない。人々は余生を過ごすにはどれぐらいのお金が必要だ、などといった話をするが、私にはすでにじゅうぶんな貯金があって、それを崩す必要もない。今は孫たち全員に、ひとり5000ドル(約75万円)ずつ与えているところだ。

私は48歳でFIREして、夫とともに6カ月の旅に出た。25年後、旅はいまだに続いている | Business Insider Japan

私は48歳でFIREして、夫とともに6カ月の旅に出た。25年後、旅はいまだに続いている | Business Insider Japan

#無計画にリタイヤした私は現在87歳だが約2億円の資産がある退職に思い悩む必要なんてない #Business #Insider #Japan

執筆者について: nipponese

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