印旛沼の堤防決壊と徳川幕府の施策
台風25号の豪雨により、千葉県印旛沼周辺では堤防が決壊し多大な被害が発生した。この水害の遠因について、徳川家康が江戸に入府して以降に行った「利根川東遷事業」にあるとする投稿がSNS上で注目を集めている。maidonanews.jpが報じたところによると、この投稿を行ったのはドニーさん(@CwpTBjqHIwuEnyf)で、「印旛沼の歴史は、小中学生のころ学んだはずなんだけど忘れてたんで調べなおしたら結構アレだったんで漫画化」と自作の漫画を紹介した。
江戸を守るための利根川東遷事業
江戸幕府は江戸の町を水害から守り、水運を整備するという目的で大規模な工事を実施した。もともと江戸湾(東京湾)に注いでいた利根川の流れを、銚子方面へと付け替えたのが利根川東遷事業である。 maidonanews.jpの報道によると、この事業の結果として印旛沼周辺では水害が頻発するようになった。昭和時代に入り干拓事業が行われ、ようやく水害問題が解決したかのように見えたが、今回の豪雨によって再び被害が表面化した形となっている。
元佐倉市民としての受け止めと制作の背景
当時の経緯を知ったことについて、ドニーさんは「ある程度ショックを受けました」と語っている。 maidonanews.jpのインタビューに対し、元・佐倉市民であるため子どものころから水害の話を聞いていたと明かした一方で、当時の江戸の治水事情を考えれば「仕方なかったのかと」という納得もあったと述べた。また、漫画に込めた思いとして、日本歴史上の治水であるため、印旛沼周辺に住むことを安易な自己責任論で片付けるべきではないという考えがあったと説明している。
SNSに寄せられた数々の共感の声
ドニーさんが投稿した漫画に対しては、多くのインターネットユーザーから様々な意見が寄せられている。 maidonanews.jpによると、「水害と常に闘っていた地域出身なので今回の印旛沼の件は身につまされる思いです」「東京都も千葉の救災を支援してほしい。徳川家が東京の水災を千葉に流した歴史を思えば、なおさらその責任がある気がする」といった声が上がった。さらに、利根川東遷事業によって利根川沿いの町の洪水被害が深刻化し、測量が必要になった結果として水郷佐原に伊能忠敬が生まれたのは必然だったとする指摘もあり、歴史的な背景に思いを馳せるコメントが相次いでいる。