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2026-02-14 10:00:00
- これまでの開催都市のなかには、カナダのモントリオールのように、五輪のために建設した施設の一部の再利用に成功した事例もある。
- だが、巨額投資によって生まれた施設が、解体されたり、放置されて廃墟と化したりするケースも多い。この記事ではそうした実例を写真とともに紹介する。
※この記事は2021年7月26日に掲載した記事の再掲です。
1:1936年のベルリン五輪のために作られた建物は今も残っている

ここは選手村内の水泳プールがあった建物だ。
2:ベルリン五輪の選手村は、ほぼ手つかずの姿で現存している

ゲッティ・イメージズによるこの写真の説明には、こう書かれている。
「ドイツの不動産デベロッパー、テラプラン(Terraplan)が、この五輪選手村跡地の大部分について、建物の建設や改築を行っている。地元当局は、これがこの地所の再開発に向けた、投資家による取り組みの端緒となることを期待している」
3:1984年の冬季五輪はユーゴスラビアのサラエボで開催された。この五輪からわずか10年足らずで、ボスニア紛争が勃発した

当時のユーゴスラビアは、今ではボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、コソボ、モンテネグロ、北マケドニア、セルビア、スロベニアに分裂した。
4:ボスニア紛争によってサラエボの街は包囲された。紛争終結後の年月で、街はおおむね復興を遂げたが、このジャンプ台のように、五輪の施設には風雨にさらされ放置されているものも多い

サラエボの街自体は現在、ボスニア・ヘルツェゴビナの領土内にある。
5:開会式が行われたコシェボ・スタジアム(現在のアシム・フェルハトヴィッチ・ハセ競技場)は、今では犬のすみかとなっている

2021年4月の時点では、このスタジアムは正式には地元のサッカークラブ「FKサラエボ」のものとなっている。
6:トレベビチ山のボブスレーコースは、生い茂った木々に囲まれ、至るところに落書きが描かれている

だがその後、市当局は市内と山を結ぶロープウェーを再建し、トレベビチ山は再び観光客が訪れる場所となった。
7:時折、恐れ知らずのBMXレーサーが、ボブスレーコースを走行することもある

確かに勇敢なレーサーたちだ。
8:1996年の夏季五輪は、アメリカのアトランタで開催された。野球競技などに使われた「アトランタ・フルトン・カウンティ・スタジアム」は、大会終了後に解体された

1966年からこのスタジアムを本拠地としていたMLBの「アトランタ・ブレーブス」は、五輪のメイン会場だった新築の「センテニアル・オリンピック・スタジアム」に移転した。同スタジアムは、野球用に改築された後はターナー・フィールドと呼ばれていたが、その後2016年に閉場。現在はアメリカンフットボール専用スタジアムとなり、「センターパーク・スタジアム」に改名された。
9:センテニアル・オリンピック・パークは現役だ。ここでは五輪期間中に、大会に暗い影を落とした爆破事件が起きた

この爆破事件の余波は、映画『リチャード・ジュエル(Richard Jewell)』で描かれている。
10:五輪マークをかたどった「ファウンテン・オブ・リングズ」は、涼を求めて水遊びをする市民に人気が高い

写真の通り、今も人気のスポットだ。
#五輪施設の今がわかる34枚の写真巨額の投資によって生まれた施設はどうなったか #Business #Insider #Japan