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五輪施設の今がわかる34枚の写真…巨額の投資によって生まれた施設はどうなったか | Business Insider Japan

サラエボ近郊、トレベビチ山にある、荒れ果てたボブスレートラック。イオアンナ・サケララキ / バークロフト・イム / Barcroft Media via Getty Imagesこれまでの開催都市のなかには、カナダのモントリオールのように、五輪のために建設した施設の一部の再利用に成功した事例もある。だが、巨額投資によって生まれた施設が、解体されたり、放置されて廃墟と化したりするケースも多い。この記事ではそうした実例を写真とともに紹介する。※この記事は2021年7月26日に掲載した記事の再掲です。1:1936年のベルリン五輪のために作られた建物は今も残っている1936年のベルリン五輪の選手村には、かつて水泳プールだった建物が残されている。写真はそのホールに置かれた五輪マーク。2021年5月17日、エルシュタルで撮影。グレート・ヒティジ/ゲッティイメージズここは選手村内の水泳プールがあった建物だ。2:ベルリン五輪の選手村は、ほぼ手つかずの姿で現存している1936年ベルリン五輪選手村の跡地には、当時選手のために建てられた建物が今も誰も住むことなく残されている。それぞれの住居には、ドイツの都市名がつけられている。グレート・ヒティジ/ゲッティイメージズゲッティ・イメージズによるこの写真の説明には、こう書かれている。「ドイツの不動産デベロッパー、テラプラン(Terraplan)が、この五輪選手村跡地の大部分について、建物の建設や改築を行っている。地元当局は、これがこの地所の再開発に向けた、投資家による取り組みの端緒となることを期待している」3:1984年の冬季五輪はユーゴスラビアのサラエボで開催された。この五輪からわずか10年足らずで、ボスニア紛争が勃発したスキージャンプ会場に残された表彰台。イオアンナ・サケララキ / バークロフト・イム / Barcroft Media via Getty Images当時のユーゴスラビアは、今ではボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、コソボ、モンテネグロ、北マケドニア、セルビア、スロベニアに分裂した。4:ボスニア紛争によってサラエボの街は包囲された。紛争終結後の年月で、街はおおむね復興を遂げたが、このジャンプ台のように、五輪の施設には風雨にさらされ放置されているものも多い荒れ果てたジャンプ台。ダド・ルヴィッチ/ロイター 詳細サラエボの街自体は現在、ボスニア・ヘルツェゴビナの領土内にある。5:開会式が行われたコシェボ・スタジアム(現在のアシム・フェルハトヴィッチ・ハセ競技場)は、今では犬のすみかとなっているご覧の通り、犬がうろついている。ダド・ルヴィッチ/ロイター 詳細2021年4月の時点では、このスタジアムは正式には地元のサッカークラブ「FKサラエボ」のものとなっている。6:トレベビチ山のボブスレーコースは、生い茂った木々に囲まれ、至るところに落書きが描かれている荒れ果てたトレベビチ山のボブスレートラック。イオアンナ・サケララキ / バークロフト・イム / Barcroft Media via Getty Imagesだがその後、市当局は市内と山を結ぶロープウェーを再建し、トレベビチ山は再び観光客が訪れる場所となった。7:時折、恐れ知らずのBMXレーサーが、ボブスレーコースを走行することもあるコースを走るBMXレーサー。ダド・ルヴィッチ/ロイター 詳細確かに勇敢なレーサーたちだ。8:1996年の夏季五輪は、アメリカのアトランタで開催された。野球競技などに使われた「アトランタ・フルトン・カウンティ・スタジアム」は、大会終了後に解体された爆破解体されるアトランタ・フルトン・カウンティ・スタジアム。ロイター1966年からこのスタジアムを本拠地としていたMLBの「アトランタ・ブレーブス」は、五輪のメイン会場だった新築の「センテニアル・オリンピック・スタジアム」に移転した。同スタジアムは、野球用に改築された後はターナー・フィールドと呼ばれていたが、その後2016年に閉場。現在はアメリカンフットボール専用スタジアムとなり、「センターパーク・スタジアム」に改名された。9:センテニアル・オリンピック・パークは現役だ。ここでは五輪期間中に、大会に暗い影を落とした爆破事件が起きたジョージア州アトランタにある、センテニアル・オリンピック・パークの名が刻まれた場所。2019年7月28日撮影。レイモンド・ボイド/ゲッティイメージズこの爆破事件の余波は、映画『リチャード・ジュエル(Richard Jewell)』で描かれている。10:五輪マークをかたどった「ファウンテン・オブ・リングズ」は、涼を求めて水遊びをする市民に人気が高いファウンテン・オブ・リングズで写真を撮る家族連れ。ジェフリー・グリーンバーグ/ユニバーサル・イメージズ・グループ、ゲッティイメージズより写真の通り、今も人気のスポットだ。次ページアテネと北京 #五輪施設の今がわかる34枚の写真巨額の投資によって生まれた施設はどうなったか #Business #Insider #Japan

五輪施設の今がわかる34枚の写真…巨額の投資によって生まれた施設はどうなったか | Business Insider Japan

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2026-02-14 10:00:00

サラエボ近郊、トレベビチ山にある、荒れ果てたボブスレートラック。
イオアンナ・サケララキ / バークロフト・イム / Barcroft Media via Getty Images
  • これまでの開催都市のなかには、カナダのモントリオールのように、五輪のために建設した施設の一部の再利用に成功した事例もある。
  • だが、巨額投資によって生まれた施設が、解体されたり、放置されて廃墟と化したりするケースも多い。この記事ではそうした実例を写真とともに紹介する。

※この記事は2021年7月26日に掲載した記事の再掲です。

1:1936年のベルリン五輪のために作られた建物は今も残っている

1936年のベルリン五輪の選手村には、かつて水泳プールだった建物が残されている。写真はそのホールに置かれた五輪マーク。2021年5月17日、エルシュタルで撮影。
1936年のベルリン五輪の選手村には、かつて水泳プールだった建物が残されている。写真はそのホールに置かれた五輪マーク。2021年5月17日、エルシュタルで撮影。
グレート・ヒティジ/ゲッティイメージズ

ここは選手村内の水泳プールがあった建物だ。

2:ベルリン五輪の選手村は、ほぼ手つかずの姿で現存している

1936年ベルリン五輪選手村の跡地には、当時選手のために建てられた建物が今も誰も住むことなく残されている。それぞれの住居には、ドイツの都市名がつけられている。
1936年ベルリン五輪選手村の跡地には、当時選手のために建てられた建物が今も誰も住むことなく残されている。それぞれの住居には、ドイツの都市名がつけられている。
グレート・ヒティジ/ゲッティイメージズ

ゲッティ・イメージズによるこの写真の説明には、こう書かれている。

「ドイツの不動産デベロッパー、テラプラン(Terraplan)が、この五輪選手村跡地の大部分について、建物の建設や改築を行っている。地元当局は、これがこの地所の再開発に向けた、投資家による取り組みの端緒となることを期待している」

3:1984年の冬季五輪はユーゴスラビアのサラエボで開催された。この五輪からわずか10年足らずで、ボスニア紛争が勃発した

スキージャンプ会場に残された表彰台。
スキージャンプ会場に残された表彰台。
イオアンナ・サケララキ / バークロフト・イム / Barcroft Media via Getty Images

当時のユーゴスラビアは、今ではボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、コソボ、モンテネグロ、北マケドニア、セルビア、スロベニアに分裂した。

4:ボスニア紛争によってサラエボの街は包囲された。紛争終結後の年月で、街はおおむね復興を遂げたが、このジャンプ台のように、五輪の施設には風雨にさらされ放置されているものも多い

荒れ果てたジャンプ台。
荒れ果てたジャンプ台。
ダド・ルヴィッチ/ロイター 詳細

サラエボの街自体は現在、ボスニア・ヘルツェゴビナの領土内にある。

5:開会式が行われたコシェボ・スタジアム(現在のアシム・フェルハトヴィッチ・ハセ競技場)は、今では犬のすみかとなっている

ご覧の通り、犬がうろついている。
ご覧の通り、犬がうろついている。
ダド・ルヴィッチ/ロイター 詳細

2021年4月の時点では、このスタジアムは正式には地元のサッカークラブ「FKサラエボ」のものとなっている。

6:トレベビチ山のボブスレーコースは、生い茂った木々に囲まれ、至るところに落書きが描かれている

荒れ果てたトレベビチ山のボブスレートラック。
荒れ果てたトレベビチ山のボブスレートラック。
イオアンナ・サケララキ / バークロフト・イム / Barcroft Media via Getty Images

だがその後、市当局は市内と山を結ぶロープウェーを再建し、トレベビチ山は再び観光客が訪れる場所となった。

7:時折、恐れ知らずのBMXレーサーが、ボブスレーコースを走行することもある

コースを走るBMXレーサー。
コースを走るBMXレーサー。
ダド・ルヴィッチ/ロイター 詳細

確かに勇敢なレーサーたちだ。

8:1996年の夏季五輪は、アメリカのアトランタで開催された。野球競技などに使われた「アトランタ・フルトン・カウンティ・スタジアム」は、大会終了後に解体された

爆破解体されるアトランタ・フルトン・カウンティ・スタジアム。
爆破解体されるアトランタ・フルトン・カウンティ・スタジアム。
ロイター

1966年からこのスタジアムを本拠地としていたMLBの「アトランタ・ブレーブス」は、五輪のメイン会場だった新築の「センテニアル・オリンピック・スタジアム」に移転した。同スタジアムは、野球用に改築された後はターナー・フィールドと呼ばれていたが、その後2016年に閉場。現在はアメリカンフットボール専用スタジアムとなり、「センターパーク・スタジアム」に改名された。

9:センテニアル・オリンピック・パークは現役だ。ここでは五輪期間中に、大会に暗い影を落とした爆破事件が起きた

ジョージア州アトランタにある、センテニアル・オリンピック・パークの名が刻まれた場所。2019年7月28日撮影。
ジョージア州アトランタにある、センテニアル・オリンピック・パークの名が刻まれた場所。2019年7月28日撮影。
レイモンド・ボイド/ゲッティイメージズ

この爆破事件の余波は、映画『リチャード・ジュエル(Richard Jewell)』で描かれている。

10:五輪マークをかたどった「ファウンテン・オブ・リングズ」は、涼を求めて水遊びをする市民に人気が高い

60e8c42a61b86ファウンテン・オブ・リングズでポーズを取る家族連れ。00019f16721
ファウンテン・オブ・リングズで写真を撮る家族連れ。
ジェフリー・グリーンバーグ/ユニバーサル・イメージズ・グループ、ゲッティイメージズより

写真の通り、今も人気のスポットだ。

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執筆者について: nipponese

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