音楽評論家の小倉エージ氏が2026年9月30日に配信した連載「知新音故」において、中島みゆきの通算42枚目となるフル・オリジナル・アルバム『相聞』の制作背景と楽曲の魅力について解説している。長年交流のあった脚本家の倉本聰氏を追悼する内容も交え、テレビドラマの全台本を読み込んで生み出された楽曲群の詳細が明らかにされている。
名作ドラマの全台本を読み込み一年かけて制作された主題歌
2017年12月29日に「AERA dot.」で初掲載された記事によると、中島みゆきは今年4月から9月まで放送されたテレビドラマ『やすらぎの郷』で主題歌を担当した。脚本を手がけたのは倉本聰であり、出演者には名優がそろい、ユーモラスでシリアスな会話や奇々怪々な展開が大きな話題を呼んだ。中島本人も倉本とともにドラマに出演し、車椅子に乗った倉本の面倒を見る看護師役のような立場で、セリフはないもののニヤリと笑いを浮かべる姿が確認されている。主題歌である「慕情」を作るにあたり、中島は1回目から最終回までの台本をすべて読み込んだという。作詞と作曲に1年の歳月をかけ、この曲を中心に据えたアルバム『相聞』が誕生したと小倉エージ氏は指摘している。
万葉集の相聞歌に由来するアルバムタイトルと楽曲のメッセージ
アルバムのタイトルである『相聞』は、日本最古の和歌集である「万葉集」の三大部立てである雑歌、挽歌、相聞歌のうち、主に男女の恋愛を詠んだ相聞歌に由来している。主題歌の「慕情」では、「もいちどはじめから もしもあなたと歩きだせるなら もいちどはじめから ただあなたに尽くしたい」というリフレインが非常に印象的だと伝えられている。「時に情は無い」と歩んできた道のりや過去を振り返りながら、後悔の念よりも残された時間である「今」と「これから」をいかに生きるかという、明快な歌唱から前向きな姿勢がうかがえる。さらに、同じく『やすらぎの郷』の挿入歌である「人生の素人」でも、「くよくよなんてしなさんな 昨日は昨日」と前向きなメッセージが歌われている。

アルバム冒頭を飾る「秘密の花園」が描き出す世界観
アルバムの冒頭を飾る楽曲「秘密の花園」についても詳しく触れられている。賢いはずの人間だけがたどり着けず、「痛みを抱えた動物たちだけが」「にも教えてもらわずに 迷わず向かう」場所として描かれている。死期が近づいた象が群れから離れて墓場に向かうという伝説が思わず思い起こされる内容となっている。「秘密の花園」には美しい風や水があり、秘密が秘密に寄り添う森が存在し、時計が黙り込んでいるところだと表現されている。小倉エージ氏はこの場所について「それは天国?」と問いかけ、独特な世界観を持つ楽曲の奥深さを伝えている。
音楽評論家が読み解く中島みゆきの音楽的軌跡
著者の小倉エージ氏は1946年神戸市生まれの音楽評論家であり、洋邦問わずポピュラーミュージックに深い知見を持つ人物である。1969年にURCレコードに勤務し、音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった経歴を持つ。さらに文化庁の芸術祭や芸術選奨の審査員を担当した実績もある。長年の経験を持つ音楽評論家の視点から、中島みゆきがドラマの制作現場と深く向き合い、膨大な台本の読み込みを経て音楽作品へと昇華させたプロセスが丁寧に検証されている。
残された時間と向き合うアーティストの姿勢
2年ぶり通算42枚目のアルバムとなった『相聞』は、長年交流のあった倉本聰の脚本作品との強い結びつきから生まれた。過去を悔やむのではなく、残された時間や今をどう生きるかという前向きな主題は、リスナーの心に深く響くものとなっている。今後は、日本の音楽シーンにおいて長年にわたり独自の表現を追求し続ける中島みゆきの過去の作品群や、制作に対するこだわりが改めてどのように評価されていくのかに関心が集まるとみられる。