連邦地裁のダブニー・フリードリヒ判事は月曜日、スコットランド上空で1988年に発生したパン・アメリカン航空103便爆破事件に関連し、爆弾製造の罪に問われているリビア人の裁判を延期すると命じた。国外における新たな証拠の発見がその理由とされている。
新たな証拠の浮上による急な公判延期
1988年12月21日に発生したパン・アメリカン航空103便の爆破事件をめぐり、アメリカ国内で初めて予定されていたアブ・アギラ・モハンマド・マスード・キエル・アル・マリミ被告の連邦裁判が急遽延期された。ワシントンD.C.で水曜日に開始される予定だった陪審員選定の直前の決定であった。
担当するダブニー・フリードリヒ判事は、事件の複雑さ、新たに発見された証拠、そして「弁護側がこの展開に対してどのように弁護を行うべきかを判断する必要性」を延期の理由として挙げている。弁護側を務める連邦公選弁護人のローラ・ケーニッヒ氏らは、土曜日に検察側から新しい証拠が開示されたとし、憲法上および倫理上の義務として新たな動向を調査する必要があると主張している。裁判所は事態の進展を協議するため、9月1日にワシントンで審理の期日を設定した。
被害者遺族の受け止めと約38年におよぶ真実の追求
歴史的事件の裁判が直前で延期されたことについて、非営利団体「パン・アメリカン航空103便犠牲者家族会」の理事長を務めるカーラ・ワイプツ氏は衝撃を隠さなかった。家族のなかにはすでに裁判傍聴のために移動の準備を進めていた人々もいたという。
Almost 38 years we’ve been seeking the truth of what happened, If that’s what this is, then that’s a good thing, and this delay is worth it. … It’s important to hear all the facts.
ワイプツ氏の兄弟であるリチャード・モネッティ氏は、留学を終えてニューヨークへ帰還する途中に犠牲となったシラキュース大学の学生のひとりだった。FBIによれば、9.11以前において、パン・アメリカン航空103便の爆破事件は「世界で最も致命的な航空テロ行為の一つであり、同局がこれまで捜査した中で最大かつ最も複雑な国際テロ行為の一つ」とされている。事件から約38年が経過した現在も、すべての事実を明らかにすることが最優先であるという姿勢を遺族側は崩していない。
ロッカービー事件の背景とこれまでの司法手続き
| 時期 | 法的措置内容 |
|---|---|
| 1988年12月21日 | パン・アメリカン航空103便がロッカービー上空で爆破され、270人が死亡。 |
| 2003年 | リビアのムアマル・カダフィ政権が公式に関与を認め、被害者遺族へ27億ドルの賠償金を支払い。 |
| 2022年 | アル・マリミ被告がリビアからアメリカへ身柄を引き渡され、拘束される。 |
| 2023年2月 | ワシントンD.C.の連邦地裁において、公選弁護人ホイットニー・ミントンが起訴内容に対する無罪を主張。 |
これまでに司法の裁きを受けたのは、オランダの元米軍基地で行われた特別法廷で裁かれたリビア情報機関員2人のうちの1人のみである。アブデルバセト・アル・メガヒが2001年に有罪判決を受けてスコットランドの刑務所で7年間服役し、もう1人のアル・アミン・ハリファ・フィマは無罪となった。アル・メガヒは末期がんのためスコットランド当局により2009年に釈放され、無実を訴え続けたまま2012年にリビアで死亡した。

カダフィ政権が2003年に責任を認めて巨額の補償金を出した後、2011年の同政権崩壊を経てアメリカやスコットランドの調査団が現地へ赴いた。検察の主張によると、アル・マリミ被告は1973年から2011年にかけて爆発物の専門家としてリビア情報機関に勤務し、最高で大佐の階級まで昇進したとされている。検察は、被告がマルタの空港に爆弾の入ったスーツケースを持ち込み、フランクフルト行きの便の共犯者に引き渡し、そこからロンドンを経由して103便に積み込まれたと見ている。被告は現在70代半ばであり、航空機破壊致死の2つの罪に問われており、有罪となれば終身刑が言い渡される可能性がある。新たな証拠の全貌をめぐる審理は9月1日に予定されている。