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テレビ伝道師ジム・バッカーが86歳で死去、妻のロリ・バッカーが発表

テレビ伝道師として一世を風靡(ふうび)し、巨大な宗教帝国を築き上げたものの、のちにセックススキャンダルや巨額の金銭犯罪によってその座を追われたジム・バッカーが、86歳で死去した。…

テレビ伝道師として一世を風靡(ふうび)し、巨大な宗教帝国を築き上げたものの、のちにセックススキャンダルや巨額の金銭犯罪によってその座を追われたジム・バッカーが、86歳で死去した。

テレビスターダムとPTLクラブ

ジム・バッカーはミシガン州マスキーゴンで生まれ、ミネアポリスにあるノース・セントラル聖書大学で最初の妻となるタミー・フェイと出会った。1961年に結婚した2人は、大学を中退して各地を巡る独自の布教活動を開始した。夫のジムが説教を行い、妻のタミー・フェイがアコーディオンを弾いて歌うスタイルで教会やテントリバイバルを回った。

その後、テレビ伝道師のパット・ロバートソンに見出され、1965年にはロバートソンのクリスチャン・ブロードキャスティング・ネットワークで子ども向け番組をスタートさせた。1966年には「ザ・700クラブ」の司会を務め、1972年に同ネットワークを離れたのち、1974年にPTLサテライト・ネットワークを設立した。「Praise the Lord」の略である看板番組「The PTL Club」は、1980年代の全盛期には毎晩最大1300万人の視聴者を集める大ヒット番組となった。

性的スキャンダルと金銭不正で「PTLクラブ」帝国を失ったテレビ伝道師ジム・バッカー氏、86歳で死去

番組にはゲストやクリスチャン・エンターテイナーが登場し、ジム・バッカーが明るい説教を行い、トレードマークの濃いマスカラをまとったカリスマ的なタミー・フェイが歌声を披露した。夫妻の人気は絶大で、1980年代から1990年代にかけては深夜番組のコメディアンたちに頻繁にネタにされ、バラエティ番組「サタデー・ナイト・ライブ」でもパロディ化された。

2021年9月には、2人の生涯を描いた劇場用映画も公開されている。

テーマパークと財政崩壊

1980年代半ばのピーク時には、テレビ番組だけでなく、サウスカロライナ州フォートミルにあるキリスト教系のテーマパーク兼ホテル「ヘリテージUSA」も含んだ一大ミニストリーへと成長した。信者たちから毎年数百万ドルもの寄付金が集まる一方で、財政状態や管理体制には陰りが生じていった。

1988年、財務調査を端緒として、ジム・バッカーは郵送詐欺、通信詐欺、共謀の罪で起訴された。裁判で有罪評決を受けた彼は、連邦刑務所で45年の実刑判決を言い渡されたが、後に刑期は8年に短縮された。また、1994年には仮釈放されている。

その後の人生と家族の歩み

夫の有罪判決後、タミー・フェイはマスカラを濡らした涙顔で記者会見場に立ち、賛美歌を歌って夫を支え続けた。しかし夫婦関係はやがて破綻し、ジムが服役中の1992年に結婚31年を迎える目前で離婚が成立した。

初婚のタミー・フェイとの間に2人の子どもをもうけていたジム・バッカーは、のちに再婚相手である2番目の妻ロリ・バッカーとの間で、2002年に5人の子どもを養子に迎えている。

ジム・バッカーの死去は、現在の妻であるロリ・バッカーが声明によって発表したものであり、月曜日に息を引き取ったことが明らかにされている。

執筆者について: nipponese

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