コストは悪とは限らない?原価からみる「V字回復」企業の条件 | Business Insider Japan

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2024-02-04 22:40:00

smshoot/ゲッティイメージズ

こんにちは、桃山学院大学経営学部で原価計算や管理会計を教えている濵村純平です。今回は私が普段教えているコスト(原価)からみる、「V字回復企業」の見極め方をお伝えします。

一般的に利益が大きい企業はよい企業です。だからこそ多くの企業は、頑張って売り上げを伸ばしたりコストを削減したりして、利益を大きくしようとしています。

ただ、ビジネスを続けていれば、ときには売り上げが減る局面に陥ってしまうこともあります。売り上げが減ったときに利益を確保するには、みなさんならどうしますか?

単純に考えると、コストを削減することで利益を維持できるはずです。しかし私たちの研究では、「売り上げが下がってもコストを削らずに維持しておく方が、将来の利益につながる可能性」が見えてきました。

売り上げが減っても、生産コストが下がるとは限らない

コスト

オールスター/Shutterstock.com

今回注目するのはコストの中でも、「販売費及び一般管理費」(販管費)とよばれる人件費やマーケティング・広告などと関わる費用です。

企業の損益計算書では、売上高から販管費売上原価(仕入や製造コスト)を差し引くと、「事業の利益」にあたる営業利益が計算できます。つまり、売り上げが減った中で利益を確保しようとするなら、「販管費」か「売上原価」を小さくすればいいわけです。

売上高、営業利益、コストの関係。

画像:Business Insider Japan 編集部が作成

私は、神戸大学の佐久間智広准教授、京阪アセットマネジメントの福嶋誠宣氏と共に、データベースから取得した公表財務データを使って、企業の将来利益と売上高の変動に対する販管費の動きを統計的に分析しました。その結果、売上高は減っているのにそこまで販管費が減っていない企業であれば、そのタイミングでは利益が大きく減少していたとしても、状況次第では将来的に利益がプラスになる可能性があると分かったのです(※1)。

V字回復企業の「特徴」とは何か

では、どんな企業であればV字回復を果たせるのでしょうか。まず、コストの詳細を少し整理してみましょう。

事業にかかわるコストには、売上高の増減に伴い増えたり減ったりする「変動費」や、ほとんど変わらない「固定費」があります。例えば、牛丼を売っている企業では、牛丼の販売数に応じて増減する原料代や水道・光熱費などは変動するコスト(変動費)です。対して、「店舗の家賃」などは売り上げの影響を受けない「固定費」にあたります。

牛丼

牛丼屋のコストを考えると、牛肉や玉ねぎ、米といった原材料のコストはもちろん、店舗の賃料や調理器具をはじめとした設備費などさまざまあることが分かる。簡単に削れるものもあれば、削ることでのちのちの事業に影響を与えるものもある。

西浜/Shutterstock.com

ここで注目してほしいのは「変動費」です。

変動費は通常、売上高の増減に対して比例すると想定されています。売上高が10万円から100万円に増えたら、その分コストも10倍に増えるという考え方です。

しかし、最近の研究では、変動費を含む販管費が必ずしも売上高の増減に対して比例的に変化するとは限らないことが分かってきました。これは日本企業でも観察される現象で、非対称なコスト・ビヘイビア(behavior)とよばれます。

中でも注目されているのが、売上高が増えるときに増えたコストに比べて、売上高が減ったときに削られるコストが思いのほか少ないという、「コストの下方硬直性」とよばれる現象です(※2)。

ここで「あれ?」と思った人は会計的なセンスがあるかもしれません。

売上高が下がったなら、その分コストを削らないと利益が減ってしまいます。ただ我々の研究では、下方硬直性的なコストをもつ企業、つまり売上高が下がったときに一緒に利益率も低下している企業が、将来的に高い利益をあげる傾向にあるとわかったのです。

「調整しにくいコスト」は将来の成長の源泉

コストの下方硬直性が生じる要因はいくつか考えることができます。1つは、経営資源を調整するためのコスト(資源調整コストといいます)を考慮して、調整が大変な経営資源は抱えて(維持して)おく傾向にあることです。

例えば、販管費には人件費が含まれます。売上高が下がったからといって、いちいち解雇していると、再び人を雇ったり、再教育したりするコストがかさみます。販管費には、その特徴としてこういった「調整しにくい」コストが含まれます。

実はこの「調整しにくい」コストは、企業の将来の競争優位の源泉になるケースが多いと考えられます。例えば、花王の統合報告書をみてみましょう。

人的資本や知的資本は、企業にとって価値創造の源泉となる。将来の成長を目指す企業に簡単に手放せるものではない。コストの下方硬直性を引き起こす要因の1つといえる。

花王 2023年度統合報告書p. 24より

この図の左側にあるinput「価値創造の源泉」をみてください。ここにある「人的資本」や「知的資本」といった直接測定しにくい企業価値の源泉は、実は販管費を通して測定できる場合があります。

その例が人件費や研究開発費などの知的資本です。新しい製品やサービスの種を生む研究開発費は、売上高が下がったからといって簡単に削減して良い費用ではありません。

つまり、企業が将来的な利益を高くしたいなら、こういった「資本」を抱えておく必要があるわけです。これが、コストの下方硬直性となって統計的な結果に表われている可能性があります。

再成長するのは「あえてコストを下げない」企業

ティタ ゲーム/Shutterstock.com

我々の研究結果を踏まえて考えると、売上高が下がっても、「人的資本や知的資本といった企業価値の源泉を多く抱えておく企業が、将来的にそれをうまく使って利益を得ている」と言えそうです。

ただ、先ほどお話ししたように、利益に影響する販管費は、変動費と固定費に分かれています。実は私たちの研究※では、「調整しにくいコスト」を含めて解析していました。そのため、「企業が自分の意思でコストを抱えている」のか、「結果的にコストを抱えざるを得なかったのか」うまく判別できていませんでした。

※細かく説明すると、「売上高に対する販管費比率の対前期差分」を販管費シグナルと定義し、その正負を前提として将来の業績との関係を議論しています。

これに対して、アメリカではこの影響を考慮した上で、企業のコストがどれだけ下方硬直的かを測定するさまざまな指標が開発されています※3 ※4。日本でもこの指標を利用した研究が実施されました※5。その結果、やはり経営者がコストをあえて下げないようにした企業が、将来的に高い利益を得ている傾向にあることが示されました。

分析はあくまでも統計的なものですので、日本の上場企業全体の傾向を見ているに過ぎません。従って、個別の企業について言及することは非常に難しいのですが、例えば先ほど「価値創造の源泉」として人的資本や知的資本を掲げている例として示した花王を見てみましょう。

花王

花王は「価値創造の源泉」として人的資本や知的資本を掲げていた。売り上げが減っても価値創造の源泉を抱え続け、再成長を遂げているのだろうか。

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花王は、コロナ禍のタイミングで売上高が減少したものの、研究開発費を過度に削らず、翌年以降は売り上げが回復しています。

実は花王はコロナ禍のタイミングで中期経営計画「K25」を策定しました。同期末の決算短信では、「目標達成のためには、新たな事業を加えた独自性のある共創プラットフォームが必須です。そのためには、当社グループにおける、商品開発研究を支えてきた深い基盤研究がエンジンになると考えます」と、中期的な視点から研究開発の重要性に触れています。

花王は化学メーカーなので、研究開発が仕事の基盤です。従って、研究開発費を削るのは難しく、そもそも下方硬直的なコスト構造にならざるを得ない側面はあります。しかし、大きな環境変化がある中でも、ブレずに自社の事業を貫こうとしたわけです。

ここ数年は、円安や原料価格の高騰など、外的環境変化の影響も大きく、コストの下方硬直性が将来の業績にどの程度影響しているのか、判断は難しいところです。実際、花王も売上高は伸びているものの、営業利益は回復していません。ただ、外的環境が落ち着いてくれば、もう少しはっきりとした答え合わせができるかもしれません。

コストを抱えるメリットが大きい企業の特徴は……

プラタンカランパプ

「売り上げが減ってもある程度コストを抱えたままの方が、将来的な成長を見込める」可能性があっても、そのメリットは、企業の特性次第で大きくも、小さくもなり得ます。例えば、経営者が自信過剰で過度に「将来の売上高が改善する」と予想していると、無駄にコストを抱えてしまいます。

逆に、コーポレート・ガバナンスの質が高い企業では、プラス影響が大きいというエビデンスがあります。

当たり前かもしれませんが、経営者が自分の考えだけで勝手にコストを調整していると、経営はうまくいきません。必要になるかもしれないからコストを削らずに残しておこう……というだけでなく、将来的な市場への正確な予測やそれに対する戦略をロジカルに構築し、何のためにコストを残すのか。そうした理由と合わせて販管費の動きをみると、その企業が本当に将来的に成長できるかが、みえてくるかもしれません

逆に、資源をもっていなければ、急な売り上げの成長への対応は難しくなります。そのため、将来の成長を阻害しないように、資源を抱えておく必要があるといえるでしょう。これが、より将来予想の正確な企業で、コストの下方硬直性と将来業績との正の関係を生み出している可能性がある理由といえます。

コストを抱えるのは悪いことじゃない!

普段の講義で「どうやったらコストを下げられるか」を教えている人間がいうことではありませんが、必ずしもコストを抱えておくのが悪いわけではないと分かったはずです。とくに販管費に着目すると、近年企業が注目している人的資本や知的資本の源泉となる項目が含まれています。

コスト・マネジメントは「乾いたぞうきんを絞ること」だともいわれます。無理なコスト・カットは必ずしも企業の将来利益に寄与するとは限りません。なので、「自社が抱えている経営資源を、今切って将来どんな影響があるか」を考えて意思決定する必要があります。


濵村純平(はまむら・じゅんぺい):桃山学院大学経営学部准教授。神戸大学経営学部経営学科卒業、同大学院経営学研究科で博士(経営学)を取得。2020年より現職。専門は管理会計や原価計算。著書に『寡占競争企業の管理会計』(中央経済社)や『新版 まなびの入門会計学(第3版)』(分担執筆、中央経済社)など。

●参考文献

※1:佐久間智広・福嶋誠宣・濵村純平. 2017. 「販管費の変動と将来業績との関係-ファンダメンタル・シグナルとしての販管費情報-」安酸建二・新井康平・福嶋誠宣編著『販売費及び一般管理費の理論と実証』中央経済社: 125-146.

※2:平井裕久・椎葉淳. 2006.「販売費および一般管理費のコスト・ビヘイビア」『管理会計学』14(2): 15-27.

※3:Weiss, D. 2010. コスト動向とアナリストの収益予測。 会計レビュー 85(4): 1441-1471。

※4:He、J.、X.Tian、H.Yang、L.Zuo。 2020. 非対称的なコスト行動と配当政策。 会計研究ジャーナル 58(4): 989-1021。

※5:加藤大智. 2023. 「コストの下方硬直性が将来の業績に与える影響-公表財務データを用いた実証分析-」神戸大学博士学位請求論文.

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