マルコス・ロドリゲス・パンホハが80歳で死去した。かつて「シエラ・モレナの狼少年」として知られ、スペインの山々で狼に育てられて12年間を過ごした彼は、サンシブラオ・ダス・ビーニャスの自治体発表や現地報道によると、先週オルレンセのランテで息を引き取った。
過酷な生い立ちとシエラ・モレナでの孤立
1946年に生まれたマルコス・ロドリゲス・パンホハの人生は、内戦と世界大戦からの復興期にあったスペイン南部のアニョラにおける極度の貧困から始まった。母の死後、兄弟親戚のもとへ預けられた一方で、彼は父とともに過ごした。しかし、父の再婚と継母による虐待、そして炭焼きを行うためのシエラ・モレナ山脈への移住を経て、彼の境遇は大きく変わることになる。
パルマ・デ・マョルカ大学の哲学部門のために彼を5カ月間インタビューしたガブリエル・ハネル・マニラ教授によれば、父親はわずか7歳の彼を年老いた山羊飼いに売り渡したという。山羊飼いは洞窟で彼に火起こしや水・食料の探し方、道具の作り方を教え、動物の毛皮で温め、山羊の乳の絞り方や棒を使ったウサギの狩猟を指導した。
マルコス・ロドリゲス・パンホハはマニラ教授のインタビューにて、自分が山の中の洞窟へ連れて行かれたと語った。マルコス・ロドリゲス・パンホハ、マニラ教授のインタビューにて
その山羊飼いが突然姿を消したことで、彼は完全な孤立状態に置かれた。しかし、彼は自然のなかで生きる術を学び、やがて狼の群れとの信頼関係を築いていく。子狼たちに餌を与え、危険を察知すると遠吠えをすることで、群れの一員として迎え入れられた。
自然との共生と、人間社会への過酷な帰還
山での生活について、彼はのちにテレビ番組などのインタビューで、お金の存在すら知らなかったが食料に困ることはなかったと振り返っている。川で魚を釣り、ウサギを捕まえ、鹿を呼ぶときは狼たちを「両親」と呼んで遠吠えを響かせた。また、ヘビにヤギの乳を与えて仲良くなったというエピソードも伝えられている。

しかし、1965年に19歳だった彼はジビル・ガルディア(治安警察隊)によって発見され、峡谷から連れ戻された。毛皮の一部を身にまとい、足の裏には巨大なタコができ、うめき声でコミュニケーションをとる彼の姿は、現代社会への適応が極めて困難であることを物語っていた。
社会復帰の最初の数カ月について、マニラ教授は彼の自然に対する知性と「野生的な性格」を指摘している。言葉の習得の難しさや、社会生活のルールに対する完全な無知、独特の歩き方、そして世間知らずさが際立っていたという。ハエンの司祭やマドリードの修道女のもとで暮らし、兵役を終えたのち、彼はマヨルカ島などでホテルやレストランの仕事に就いた。
映画化と晩年に見出した穏やかな居場所
彼の波乱の人生は広く注目を集め、マニラ教授の博士論文に基づく書籍『狼と遊んだ少年』が出版されたほか、2010年にはヘラルド・オリバレス監督によって映画『エントレ・ロボス 狼のぬくもり』として映像化された。オリバレス監督はインターネットで彼の物語を知り、映像化の過程で親交を深めた。
2018年のインタビューで、彼は人間社会への失望を語り、再び山に戻って狼と暮らそうとしたものの、かつての洞窟周辺にはコテージや電気柵が立ち並び、自身の体臭やコロンの匂いもあって、もはや狼たちが近づいてくることはなかったと明かしている。
晩年はオルレンセのランテ村に住民として暮らし、温かい友人や近隣住民に囲まれて過ごした。その葬儀には300人を超える人々が参列し、故人を偲んだと報じられている。