43年にわたりロサンゼルス・レイカーズのホームゲームで公式アナウンサーを務め、その重ベースの声で「ショータイム」時代から数々の名場面を支えたローレンス・タンター氏が、76歳で死去したとチームが水曜夜に発表した。
43年のキャリアとレイカーズのサウンドトラック
身長6フィート7インチ(約201センチ)の巨体と豊かなバリトンボイスを持ちながらも、タンター氏の実況スタイルは派手さに頼らず、観客の気を散らさない洗練されたものだった。ザ・フォーラムおよびクリプト・ドットコム・アリーナでマイクを握り続け、スター選手たちの躍動を見守った。
タンター氏は1982年から43年間、レイカーズの公式アナウンサーを務め、2026-27シーズンに向けた「特別顧問」に移行するまでコートサイドでマイクを握っていた。2024年3月に脳卒中で倒れ、ホーム最終盤の6試合とプレイオフを欠場した。チームは4月に彼の死去を発表し、原因は明らかにされていない。
ジャズDJとしての経歴と控えめなアナウンススタイル
Longtime Lakers PA announcer Lawrence Tanter dies at 76
アリーナでの職務の傍ら、タンター氏はロサンゼルスのジャズラジオ局各局でプロデューサーやディスクジョッキーとしても活躍した。頭には8パネルのキャップを被り、あごには手入れの行き届いた白いヤギ髭を蓄えて会場入りするのがトレードマークだった。報道によると、その落ち着いた口調はジャズラジオでの経験に裏打ちされていたという。
観客の注目を自分が集めるのではなく、正確に情報を伝えることを重んじ、トラベリングの反則時には皮肉交じりのトーンを使わず、ただ淡々と too many steps と告げることで知られていた。また、ダンスチームが退場する際には The Laker girlllssss と独特のアクセントでコールするなど、ファンに愛される数々の名フレーズを残した。
コービー・ブライアントとの時代とバブルでの記録
タンター氏のキャリアはマジック・ジョンソンやカリーム・アブドゥル=ジャバーの「ショータイム」時代から、コービー・ブライアントやシャキール・オニールによる黄金期、さらにレブロン・ジェームズやルカ・ドンチッチの時代へとつながっていった。
2020年1月にコービー・ブライアントが急逝した後の最初の試合では、タンター氏は先発選手全員を次のように紹介した。
6-6, 20th year out of Lower Merion High School, Kob-eeeeee Bryant!
Lawrence Tanter dies
同年のNBAバブルでは、タンター氏がポート・ラッジ地区の自宅スタジオで選手紹介を録音し、オーランドのESPNワールド・オブ・スポーツ・コンプレックスでの試合に使用された。
タンター氏は昨季のレギュラーシーズン終盤に脳卒中を患い、ホーム最終盤の6試合とプレイオフを欠場していた。その後、今年6月にコートサイドのマイクから退き、2026-27シーズンに向けた試合演出の「特別顧問」へと移行することが発表されていた。復帰を果たすことはないまま、生涯を通じてレイカーズの歴史の証人であり続けた。
It's been a blessing.
タンター氏は昨月、ホスピスに入所する直前にESPNにメッセージを送り、「引用してください」と述べた。
レイカーズのオーナーであるジェニー・バス氏は水曜夜、自身のX(旧Twitter)に A true original that added his unique style to Showtime と投稿し、その死を悼んだ。タンター氏は10回のNBAチャンピオンシップと16回の西地区タイトルを経験し、マジック・ジョンソン、カリーム・アブドゥル=ジャバー、シャキール・オニール、コービー・ブライアント、レブロン・ジェームズ、ルカ・ドンチッチといったスター選手たちの時代を支えた。
チームはタンター氏の後任をまだ発表していない。昨季はグリーン・リバー・ランナーズ(レイカーズのGリーグ傘下チーム)のジャソン・バーコロ氏が代替として務めた。