沖縄県の玉城デニー知事が29日、2期8年の任期を終えて退任した。普天間飛行場の辺野古移設に反対する「オール沖縄」勢力による県政は、前任の翁長雄志知事時代を含め計12年で幕を閉じた。玉城氏は退任会見で、基地問題が自身の仕事の約7割を占めたと振り返り、政府の姿勢に苦言を呈した。30日からは、12年ぶりに保守県政がスタートする。
翁長前知事の後継として貫いた辺野古移設反対
2018年の知事選で初当選した玉城デニー氏は、翁長雄志前知事の後継として「オール沖縄」の旗印を継承した。
米兵の父と沖縄出身の母を持ち、ラジオパーソナリティーなどのタレント活動を経て国政へ転身した経歴を持つ。2009年の衆院選での初当選から、地方議員時代を含めて政治の道を歩んできた玉城氏にとって、辺野古移設反対を貫くことは最大の公約だった。しかし、13日投開票の知事選で、辺野古移設容認派の古謝玄太氏に敗北したことで、一連の勢力による県政運営は節目を迎えた。
激しい法廷闘争と「7割」を占めた基地問題
退任会見で玉城氏は、在任中の仕事のウェートについて、安全保障や基地問題が「7割近くを占めた感覚」と語った。特に普天間飛行場の返還期日が政府によって明示されていない現状に対し、「日米同盟が正しく機能しているのか疑わざるを得ない」と強い不信感を示した。
この問題は、2023年に国との法廷闘争で敗訴が確定し、国が代執行を行うなど、激しい対立の軸となっていた。玉城氏は、辺野古沖の軟弱地盤を巡る設計変更申請を不承認とするなど、最後まで反対姿勢を貫くことを選択した。
「チムグクル」を掲げた福祉政策と歩み
玉城氏は自身の活動を振り返り、「ウチナーンチュのチムグクル(真心)とユイマール(助け合い)を肝に据えて取り組んできた」と総括した。県政運営において最も印象深い出来事として、首里城の火災や新型コロナウイルスへの対応を挙げた。
一方で、社会的弱者への視点を重視し、「誰一人取り残さない社会」という理念を掲げた。具体的な成果として、中学3年生以下の医療費窓口払い無償化を実現しており、福祉政策への注力が特徴として挙げられる。
万感の思いで県庁を去る玉城氏の今後
29日午後、那覇市の沖縄県庁で行われた退任セレモニーでは、多くの県職員や県民が詰めかけた。
玉城氏は「皆さんあっての知事だった」と述べ、感極まって目を潤ませる場面もあった。家族から手渡された花束を抱え、集まった職員らに手を振りながら、8年間の職務を終えて県庁を後にした。自身の今後については、特定の役職などに言及することはなく、「在野の一人として、何らかの形で県政発展の力になりたい」と述べるにとどめた。
12年ぶりの保守県政への転換と新たな局面
13日の知事選で自民党などの支援を受けた古謝玄太氏が当選したことにより、30日からは新たな沖縄県政が始まる。県民は、12年間にわたって辺野古移設反対を掲げてきた「オール沖縄」路線から、容認派の保守県政へと舵を切ることを選択した。