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兵庫県立龍野高校の部活動で熱中症になり障害を負った栗岡梨沙さんと安全管理を訴え続ける父正則さんの20年

全国で今夏、記録的な猛暑となる中で熱中症による搬送者が相次いでいる。総務省消防庁の速報値によると、今年5月から9月27日までに約7万7400人が搬送され、120人が亡くなった。こうした中、平成19年5月に高校の部活動で熱中症となり脳に重い障害を負った兵庫県の栗岡梨沙さんの父親である正則さんが、全国で安全管理の重要性を訴える講演活動を続けている。 平成19年の高校部活動事故と裁判の経緯 事故が起きたのは平成19年5月24日である。当時、兵庫県立龍野高校の2年で女子テニス部キャプテンを務めていた栗岡梨沙さんは、定期テスト最終日の部活動中に熱中症で倒れた。当日は11日ぶりの部活動であり、連日のテスト勉強による睡眠不足と疲労が重なっていた。練習は正午から午後3時まで通常より長く行われ、体感温度が30度近くに達する炎天下で休憩や十分な給水がないまま基礎練習が続いた。最後には1周約350メートルのグラウンドを2周走るメニューが課され、梨沙さんはランニングの2周目で倒れて救急搬送後に低酸素脳症を発症した。 練習は学校外のテニスコートで行われていたが、監督すべき顧問教員は不在であり、適切な休憩や給水を指示する指導者が現場にいなかった。同級生らによると、顧問からはコートのレンタル代を理由に練習時間を多めに取るよう指示があったという。梨沙さんと両親は学校側の過失として県に約4億7000万円の賠償を求め提訴した。1審の神戸地裁は請求を退けたが、2審の大阪高裁は熱中症による心筋障害と認定し、練習の冒頭しか立ち会わなかった顧問の過失を認めて県に約2億3000万円の支払いを命じ、その後最高裁で確定した。 自宅で続く過酷な療養生活と両親の献身 事故後の集中治療室での4カ月間に及ぶ治療を経たが、梨沙さんには視力、運動機能、言語機能を失う重度の障害が残った。現在は自宅で寝たきりの状態が続いており、気管にたまったたんの吸引や日中の手足のリハビリなど、身の回りの世話を父親の正則さんと母親の弘美さんがつきっきりで行っている。正則さんは「耳はよく聞こえていて、冗談を言うとよく笑ってくれるんですよ。私に似て美人でしょう」と笑顔を見せる。事故の1カ月前に撮影された高校2年生時の写真が残る部屋で、両親は懸命に娘を支え続けている。 キャビンアテンダントを夢見て苦手な英語の勉強に励んでいた梨沙さんは、現在も両親の会話に笑顔を見せることがある。正則さんは「結婚して子供もいたかもしれないですね。でも命があったことに感謝しています。この子に起きた出来事を知ってもらって、多くの命が助かればと願っています」と語る。事故当時、自宅から持っていった弁当は手つかずのままで、水筒の水もほとんど減っていなかったという。責任感が強くしんどくても休めなかった娘の姿を、両親は今も深く心に刻んでいる。 全国で訴え続ける部活動の安全管理 事故をきっかけに、正則さんは全国の学校関係者に向けて部活動中の安全管理の重要性を訴える講演活動を続けている。生徒にとって顧問は絶対的な存在になりがちであり、「子供たちは無理をしてでも従ってしまう。指導者がその日の熱さや生徒の体力を正しく見極めて指示をすることが、事故を未然に防ぐ」と正則さんは強く訴える。指導者が不在のまま長時間に及ぶ練習が行われた当時の教訓は、現在も多くの教育現場に重い課題を突きつけている。 総務省消防庁は9月末までを熱中症予防強化期間と定め、引き続き警戒を呼びかけてきたが、学校現場で子供を襲う熱中症事案は後を絶たない。実際に今月10日午前11時ごろには、鹿児島県南さつま市の中学校で生徒5人が熱中症の疑いで救急搬送されており、当日の同市の気温は29度を記録していた。季節が進んでも油断できない状況が続いており、学校現場における暑さ対策と適切なリスク管理の徹底が求められている。

兵庫県立龍野高校の部活動で熱中症になり障害を負った栗岡梨沙さんと安全管理を訴え続ける父正則さんの20年

全国で今夏、記録的な猛暑となる中で熱中症による搬送者が相次いでいる。総務省消防庁の速報値によると、今年5月から9月27日までに約7万7400人が搬送され、120人が亡くなった。こうした中、平成19年5月に高校の部活動で熱中症となり脳に重い障害を負った兵庫県の栗岡梨沙さんの父親である正則さんが、全国で安全管理の重要性を訴える講演活動を続けている。

平成19年の高校部活動事故と裁判の経緯

事故が起きたのは平成19年5月24日である。当時、兵庫県立龍野高校の2年で女子テニス部キャプテンを務めていた栗岡梨沙さんは、定期テスト最終日の部活動中に熱中症で倒れた。当日は11日ぶりの部活動であり、連日のテスト勉強による睡眠不足と疲労が重なっていた。練習は正午から午後3時まで通常より長く行われ、体感温度が30度近くに達する炎天下で休憩や十分な給水がないまま基礎練習が続いた。最後には1周約350メートルのグラウンドを2周走るメニューが課され、梨沙さんはランニングの2周目で倒れて救急搬送後に低酸素脳症を発症した。

練習は学校外のテニスコートで行われていたが、監督すべき顧問教員は不在であり、適切な休憩や給水を指示する指導者が現場にいなかった。同級生らによると、顧問からはコートのレンタル代を理由に練習時間を多めに取るよう指示があったという。梨沙さんと両親は学校側の過失として県に約4億7000万円の賠償を求め提訴した。1審の神戸地裁は請求を退けたが、2審の大阪高裁は熱中症による心筋障害と認定し、練習の冒頭しか立ち会わなかった顧問の過失を認めて県に約2億3000万円の支払いを命じ、その後最高裁で確定した。

自宅で続く過酷な療養生活と両親の献身

事故後の集中治療室での4カ月間に及ぶ治療を経たが、梨沙さんには視力、運動機能、言語機能を失う重度の障害が残った。現在は自宅で寝たきりの状態が続いており、気管にたまったたんの吸引や日中の手足のリハビリなど、身の回りの世話を父親の正則さんと母親の弘美さんがつきっきりで行っている。正則さんは「耳はよく聞こえていて、冗談を言うとよく笑ってくれるんですよ。私に似て美人でしょう」と笑顔を見せる。事故の1カ月前に撮影された高校2年生時の写真が残る部屋で、両親は懸命に娘を支え続けている。

キャビンアテンダントを夢見て苦手な英語の勉強に励んでいた梨沙さんは、現在も両親の会話に笑顔を見せることがある。正則さんは「結婚して子供もいたかもしれないですね。でも命があったことに感謝しています。この子に起きた出来事を知ってもらって、多くの命が助かればと願っています」と語る。事故当時、自宅から持っていった弁当は手つかずのままで、水筒の水もほとんど減っていなかったという。責任感が強くしんどくても休めなかった娘の姿を、両親は今も深く心に刻んでいる。

全国で訴え続ける部活動の安全管理

事故をきっかけに、正則さんは全国の学校関係者に向けて部活動中の安全管理の重要性を訴える講演活動を続けている。生徒にとって顧問は絶対的な存在になりがちであり、「子供たちは無理をしてでも従ってしまう。指導者がその日の熱さや生徒の体力を正しく見極めて指示をすることが、事故を未然に防ぐ」と正則さんは強く訴える。指導者が不在のまま長時間に及ぶ練習が行われた当時の教訓は、現在も多くの教育現場に重い課題を突きつけている。

総務省消防庁は9月末までを熱中症予防強化期間と定め、引き続き警戒を呼びかけてきたが、学校現場で子供を襲う熱中症事案は後を絶たない。実際に今月10日午前11時ごろには、鹿児島県南さつま市の中学校で生徒5人が熱中症の疑いで救急搬送されており、当日の同市の気温は29度を記録していた。季節が進んでも油断できない状況が続いており、学校現場における暑さ対策と適切なリスク管理の徹底が求められている。

執筆者について: nipponese

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