1739269057
2025-02-11 08:30:00
- 友達や家族にお金を貸して欲しいと頼まれた時、筆者は返事をする前に6つの点を確認するようにしている。
- 貸せるお金がある場合、返済を望むか、そしてそれが相手との関係に害を及ばさないか自問する。
- 借金の使い道を考慮し、そして返済条件を明確にする。
1993年の秋、私の14歳の誕生日の少し前に、私は父と近所のシネコンに『ブロンクス物語/愛につつまれた街(原題:A Bronx Tale)』という映画を観に行った。その映画で主人公カロジェロが、20ドルを貸したままのルーイという男を見つけるシーンが印象に残っている。通りの反対側からカロジェロは大声でルーイに金を返せと怒鳴りつけ、何とか言い訳をして走り去るルーイに、カロジェロは暴言を浴びせるのだ。
カロジェロが憧れる地元マフィアのソニーは、このやりとりを見てカロジェロに聞く。
「そいつは友達か?」
「いや、嫌いだ」とカロジェロが答える。
それに対しソニーがカロジェロを諭すように言う台詞が、私の脳裏に焼き付いている。
「それなら答えは簡単だ。20ドルで縁を切ったと考えろ。二度とカネを貸せと言われない。たった20ドルで済んだんだ」
ソニー流の教えに私は驚いた。借りや借金があることは、望まない関係を断ち切るための単純な戦略であるだけでなく、支払いや残高よりはるかに大きな影響力を持つものであるということを学んだ。
お金の貸し借りには、金銭的なものだけでなく社会的、倫理的、法的な影響が付随しており、そのどれを怠っても問題が発生してしまう可能性がある。だから私は人から借金を頼まれると(もしくは自分が誰かから借りないといけない時は)大局的に考えるようにしている。以下、私が熟慮する点を紹介しよう。
1. 返済を望むかどうか
多くの場合、私はお金を貸すよりはあげたいと考える。特に金額が低ければなおさらだ。ランチに出かけた時に友達が財布を忘れてしまったら、後で代金を返してもらうよりご馳走してあげたい。このような親切はいつか自分に返ってくると思うし、もしそうでなかったとしても、わずかな金額の立て替えをいちいち気にしているより、寛大な人間でいたいと思う。
この考え方は友達や家族との日常の付き合いの中で、だいたいうまく機能しているが、誰もがこれに共感する訳ではないということは忘れないように心がけている。どんなにわずかな金額でも、借りたお金は絶対に返すと頑なにこだわる人もいて、私が返してもらうことを気にしていなくても、彼らは気にするのだ。どうしても返したいという人に対しては、受け取ることを拒否したりはしない。自分の善意を押し付けることはしないようにしている。
2. お金を貸す余裕があるか
当然、お金がなければ貸すことはできない。しかし、お金があるからといって貸すことができる(もしくは貸すべきである)という訳ではない。
何年か前に、ある友人から事業のつなぎ融資として4000ドル(約55万円)貸してくれないかと頼まれたことがある。彼女には返済能力もあり、絶対すぐに返してくれると思ったが、当時の私にとってその金額は、私の流動資金のほぼ全てだったので、万が一、突然無職になったり車が故障したり、急にお金が必要になる事態になった時のことを考えると、その金額を貸してしまうのは危険だった。私は助けてあげたいのは山々だったし、すぐに返済されると分かってはいたが、自分をそのリスクにさらすのは賢明ではないと判断した。
その時の経験のおかげで、基本的なルールを自分の中で明確にすることができた。
それは「誰かにお金を貸すことで、自分の財政状態にリスクが及ぶ可能性がある場合は、貸さないこと」だ。
3. 返済を望む場合、どれくらい信用できるか
私は銀行ではないので、まるで引受業者が住宅ローンの申し込みをするように個人的なローンの依頼を精査するようなことはしない。しかし、私は慈善団体でもないので、お金を貸す時は、少なくとも不履行の可能性については考えておかなければいけない。
金融機関と違って、私は資産や返済履歴などの定量評価よりも、社会的信用を重視する。社会的なプレッシャーは書面の契約と同じくらいの強制力があるので、相手が内輪の人だったら不履行はほとんどないと思っている。最も親しい友人と家族には迷わず貸すが、その内輪というものは、より大きなコミュニティへと広がる場合もある。
参考:以前、ドライブ旅行中に、家に帰ったら返してもらう約束で知人に数百ドル(数十万円)立て替えたことがある。その借金の回収は容易ではなかったが、私たちの共通の友人と、そして私との関係を壊さないことを重視した彼は、最終的に返してくれた。それがなかったら彼は一銭も返さなかったのではないかと思う。
#お金を貸してと言われた時私は6つの項目で判断する #Business #Insider #Japan